不登校経験者の親、今考えること・・・

不登校・・周りの大人に何を伝えているのでしょう?数学のように答えがひとつしかない問題なら、答は出せますが、子育てはそういうわけにはいきません。一緒に考え、一緒に学びながら、悩めるお母さんが、ほっと一息つける場になれればと思います。

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試合に行ってきました^^

今日は、全国大会の試合の1日目でした。

結果は、コールド勝ちで明日に繋がる試合となりました。やったー\(^^)/

うちの子は、途中で登板し、最後まで投げることができました。ピッチャーの調子はまずまずでした。

そして、私のほうは、結局”勉強のためにアナウンスをやるように”という先輩お母さんの指示で、公式試合のアナウンスデビューを果たしました。何とかやり遂げ、やれやれです。1回、間違えましたけどね。補助に入ってくださったお母さんのおかげです。私も成長、目指します。

明日は会場の係等はないので、応援に徹します。今日は、慣れないアナウンスで応援どころでなかったので、明日はドンマイドンマイの応援を頑張ってしてこようと思います。(yuuyuuさん、コメントありがとうございます。)

明日の対戦相手は春の大会で全国3位になったチームです。
3年生にとっては、この大会は最後の大会。悔いの残らないように、精一杯力を出し切って欲しいです。

明日も親子共にガンバリマス!

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  1. 2006/07/29(土) 21:13:32|
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開会式に行ってきました^^

今朝、うちの子は、なかなか布団から出られない。もちろん、食事もとれない。
”今日はどうなることやら?”と少し心配して、スタートしました。

それでも、出発までには自分で気持ちを行けれるまでに持っていき、直前はトイレに駆け込みながらも、予定通りの時間に出発しました。

以前から、こういう行事などのときは、トイレに何度もいき、中からは「うえっ」なんて声も聞こえてきて(吐き気)、だいじょうぶかな?って私も心配して・・・
このような状態でした。
今日も、そんな感じでしたが、前よりはひどくなかったです。というより、かなり前よりはよかったかな!?

こういうことは、経験が大事って思ってるんですが、今となっては開会式も何度もやってるので、少しづつ楽に乗り越えられるようになってきたかもしれません。今日は、大きい大会だったので、いつもより少しプレッシャーが大きかったと思いますが。

開会式の最中も10人弱の子が具合が悪くなり、休んだり、処置を受けていました。たぶん、相当のプレッシャーだったと思うので、それが原因だった子もいると思います。

何とか今日を乗り切り、やれやれです。
後は、明日からの本番の試合に全力で臨むだけ!
野球が何よりも優先の生活なので、明日は頑張って欲しいです。言われなくても、頑張ると思いますが。

私も、明日は朝早くから会場のいろんな世話係りのようなものと、ウグイス嬢ならぬ、ウグイスおばさんにアナウンス室に入ります。私がやると、間違いだらけになってしまうので、誰かの援助に徹するつもりです。明日は、私もガンバリマス!


余談ですが、今日の開会式、稲尾和久さん(元プロ野球選手)や楽天の野村監督夫人の野村沙知代さんからのご挨拶もいただきました。野村夫人は、あいさつの声が小さいと言って、やり直しさせましたよ。(やっぱり!と思った私でした。)
そのような環境の中にうちの子がいられることだけでも幸せ。一生の想い出になるすばらしい体験ができたと思います。

  1. 2006/07/29(土) 01:04:43|
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三者懇談

夏休み中なのですが、今日は高校生のほうの子の懇談がありました。

以前にとてもすばらしいお便りを出してくださると言う記事にしたこともある担任の先生との懇談です。あの成績でどんなこと、言われるかなー? 正直、ヤダナって気持ちも少しあって、参加しました。

でも、この懇談会で、うちの子は相当、担任の先生のこと、信頼しましたよ。
うちに帰ってきて第一声は、「ぼくの担任、いい先生でしょ!」ですもん。今までは、授業がわかりにくいなど、文句を言っていたんですけどね。

それで、その内容はというと・・・

私「ソフトテニスのことは、両親とも心からとにかく応援している。でも、少しだけでいいから勉強もしたらいいなと思っている。」

先生「子供のソフトテニスに対する気持ちが本気なら、ぼくも心から応援します。1にソフトテニス、2にソフトテニス、3にソフトテニス、4か5くらいに勉強でもいいでしょう。インターハイに行きたいと言っても、行けれるのはほんのわずか。大学でソフトテニスをしたいと言っても、大学から来てくれと言われる、あるいはスポーツ推薦で行けれるのもほんのわずか。結局、その時になって、自分にそこまでの力がなければ、学力で自分の行きたい大学を選ぶしかない。その時には、○くんも、目指す大学があれば勉強するでしょう。今は、ソフトテニスを応援すればいいんじゃないですか! ソフトテニスは将来の役にたたないから、やらずに勉強しなさいって言っても、ひねくれるのが関の山ですよ!」

確かに・・・。妙に納得してしまいました。いざ、その時になればやるかな?(高校受験も勉強しなかったので、これは、ちょっと疑問だけど)

子供はあの成績なので、もっと勉強を頑張れって言われると思っていたのでしょう。
この懇談の後、満面の笑みでクラブ活動の続きに走っていったのは言うまでもありません。

追伸  そして、もうひとつ、嬉しいことを言われました。
「○くんの清清しい青年の顔と態度はすばらしい。これは、スポーツのおかげですよ!」って。

今日は、先生との信頼関係を作れてよかったです。スポーツを通して成長していく子供をこれからも、見守りたいと思います^^

  1. 2006/07/27(木) 00:59:16|
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前を向いて歩いていきましょうね^^

子供がまだ小さくて、不登校になったとき、あの時のあれがいけなかったんじゃないか?この時のこれがいけなかったんじゃないかって、つい、過去を遡って考えちゃいました。でも、それでよかったことって、結局何も無かったような気がします。

過去はどんなに考えても変えられません。

過去は変えられなくても、未来は変えることができます。
どうしたら明るい方向に進めるか考えた方が得策だと思います。

あなたにも、きっと、明るい未来が待ち受けていますよ。

長い冬も必ず春が来ます。どんな大雨でも、必ず晴れるときが来ます。
明るい未来を信じて、笑顔で過ごしていきたいですね^^

  1. 2006/07/26(水) 16:58:10|
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一生消えない傷

子供が意見文を書く勉強をしているようです。プリントをちらっと見たら、参考に載っていた意見文のひとつが目に留まりました。その一部を抜粋して書きます。

「一生消えない傷」 作者は書かれていません

 「ねーねー、なんかさあ、最近あの子調子のってない?」
 「のってる、のってる。すごい調子のってる。」
 「男子の前だと、すごいぶりっこしてるよねぇ。」
と、いつものようにひそひそ話で人のかげ口を言っていた。
その時の自分は、とても楽しんでいた。言われている本人の気持ちなど、全く考えずに。
 時には、無理と距離をおいて近づかないようにしたり、げた箱にはってある名前のシールをはがそうとしたりと、行動で示すいじめをやった事もあった。
 その人が、すごいイヤな顔をしている姿を見て心の中では絶対「ざまあみろ」って笑みをうかべて言っていた、と思う。
まるで、悪魔のように・・・・・。
 だが、ある出来事によってこんな私がいっきに逆転した。まさか、自分がこんなめにあうなんて予想もしていなかった。
 ある日、私の方をちらちらと見ながら、何かをこそこそ話す姿をみかけた。その時の私は、「まさか自分の事を悪く言っていることはないだろう」と、思っていた。
 しかし、段々それが自分の事を悪く言っているんだと気づくようになってきた。
 「ムカツク」
 この言葉が、聞こえた時、私の心はナイフで切りさかれたような痛みを感じた。その言葉はすごく重く、つらく苦しいものだった。
 それからというもの、楽しかった学校生活はどこへ行ったのか・・・と、いうくらい学校に行くのがつらい日が続いた。その時の私は、死んでもいい、とまで思っていた。
 その時、はじめて気がついた。「ムカツク」と言う言葉の重さを・・・。自分がどんなに他人を傷つけ、どんなに苦しめたのかということに、その時はじめて気がついた。
 そして、その言葉は一生残って消えない傷だと。
   意見文は、まだ続きます。

この作者はいじめる方、いじめられる方、両方の立場を経験しています。いじめている方って、意外とあまり深く考えず、悪ふざけくらいに思っていたり、あるいはだれかに同調する程度で、いじめが行われてしまっていることが多いような気がします。でも、この中に書かれているように、いじめられた方は生きる価値さえ見失ってしまったり、一生の傷となってしまうくらい苦しくてつらい、”いじめ”は醜いことなのです。

誰かにかけた一言が深く心を傷つけることもあるし、逆に誰かを救うこともあると思います。
改めて、自分の日頃の言動、行動には、気をつけていきたいと思います。

そして、そんな場面に自分が出くわした時は、決して同調することなく、「私が止めなければ誰が止める!?」「私が言わなければ誰が言う!?」そういう意志を持って臨みたいと思います。

あとの方でこんな文章が書かれています。
 私は今、もしそんな事で悩んでいる人がいたらその人を支えてあげられる存在になりたいと思います。
 何故なら、私が悩んでいた時、私と向き合って相談にのってくれたり、いっしょの立場にたって話しを聞いてくれた友達の姿がありました。私は、その友達に支えられて、なんとか立ち直る事ができたのです。私は、その友達にとても感謝しています。
  続く

  1. 2006/07/26(水) 02:00:59|
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気持ち悪い

うちの中2の子、昨日の朝、「気持ち悪~い」といって起きました。そして、「今日は休む」と。また、野球の疲れだろうくらいに思っていました。今までも、記事にしなくても疲れ(たぶん)で休むことはありましたので。

そして、今朝。今日は何事もないかのように行くと思っていました。通学路の歩行者や自転車専用の橋が決壊したため、最近は車で送り迎えをしています。そして、車から降りるとき、また、「気持ち悪い。何かあったら電話するから。」だって。

えっ?また?ひょっとして?  って思っちゃいました。

今週末は今まで経験したことが無い、野球の全国大会があります。こういう行事というかイベント的なことというか儀式的なことが苦手なんですよね。しかも、今回は全国大会! 
そして、今回の大雨による近隣の被害。いつもと違う通学。頻繁に流れる広報。

いろんなことが重なって不安が募っているのかもしれません。私がしっかりしなくちゃ。

また今日も、「だいじょうぶ!だいじょうぶ!」と自分に言い聞かす。


  1. 2006/07/25(火) 08:27:45|
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息抜く

前々回の記事でここにも来て下さった葛西さんが素敵な言葉を紹介してくださり、その素敵な言葉をユウココロさんが素敵なイラストになさいました。
http://yukokoro.blog73.fc2.com/blog-entry-45.html

ここに来てくださる皆さんにも、ぜひ紹介したくておふたりの了解をいただきましたので、ここに紹介いたします。

生き抜くって、時には”息抜く”でいいんです。

ikinuku


突っ走って、突っ走って、生きることがつらくなるほど、がんばって、がんばって・・・。それでも、まだがんばって。頑張りすぎて、ちょっとつまずいちゃうときってありますよね。本人は頑張りすぎって気づいてない場合が多いような気がします。でもね、時には歩いたり、休んだりしてもいいんです。むしろ、それがとっても大事だと思います。歩かなければ気づかないこと、いっぱいあると思います。休むからこそ、次へ大きくステップできると思います。

生きることがつらい方、ぜひ、息抜いてくださいね

不登校のお子さん、不登校の子を持つお母さん、夏休みに入られたでしょうか? こんなときこそ、”息抜き”ができたらいいですね!

ブログで、素敵な言葉がひろがっていくって、うれしいですよね^^ そして、人の輪も広がっていく。すてきなことですね。葛西さん、ユウココロさん、ありがとうございます。



  1. 2006/07/24(月) 23:46:05|
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通知表

通知表の時期になると、ある人のホームページで読んだ日記が思い出されます。

その人の子は、学校にまったく行ってないので、成績のつけようが無く、通知表は空欄(斜線だったかも?)ばかりだというのです。だから、そのお母さんはその通知表を見て、泣きながらひとつひとつの欄にかわいいシールを貼っていったと・・・。そして、親からの”よく頑張ったね!”の心を込めた通知表を渡したことが書かれていました。

その話を読んで、私まで涙がぽろり。

うちの子の場合もそうでしたが、小学校だと細かい観点ごとに評価欄があり(うちの子の場合は◎○△のいずれか)、その学習をしていないと成績のつけようがないという場合があるのです。うちの子は、1学期通してまったく出なかったということはなかったので、斜線が多いときはあっても、まったく成績がつかないことはありませんでした。

不登校の子に対する通知表って、先生ごとに対応が変わってくるような気がします。何も書かれていない通知表を渡すのでなく、何らかの配慮をしていただけたらなと思います。親の勝手なお願いですけど・・・。

  1. 2006/07/23(日) 08:45:02|
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ユウココロさん、ありがとうございます^^

arinomama

ユウココロさんが、先日の私の書いた記事を読んで、素敵な絵を描いて、記事にしてくださいました。
http://yukokoro.blog73.fc2.com/blog-entry-41.html

ユウココロさんも、ありのままの自分を「どんな自分も自分」と受け入れています。なかなかできそうでできないことなのかもしれません。

その中で、自分にしかできないことを見つけ、歩き出している姿はステキです。それも、できそうでなかなかできないことなのかもしれません。

ブログを通して、輪が広がっていくって素敵な事ですね。ユウココロさん、いつもありがとうございます^^ そして、もう一度、素敵な絵をありがとうございます

  1. 2006/07/21(金) 00:01:03|
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自然災害

最初にお断りしますが、市のホームページから写真を勝手にお借りました。ごめんなさい。ここに来てくださる方だけのために、近況報告に使わせていただきます。

tonojima

この橋は、中2の下の子が自転車通学でいつも通っていた橋です。橋脚の部分が一部流され、橋は決壊しました。近くには車専用の橋しかないこの地域の中学生は、自転車や歩きでは学校に行けないことになってしまいました。今日はバスでピストン輸送。渋滞の道はかなり時間がかかったそうです。あまりにも時間がかかりすぎ、うちの子は先生の自家用車に乗せていただいたそうです。

yanagisawa1


maezawagawa

この2枚の写真は、自宅から1km位のところで起きてしまった災害です。写真はありませんが、広い範囲で田んぼ、畑は流されてしまいました。


前回の記事にもしましたが、この辺りはほとんど自然災害が無い地域です。昭和36年の”36災害”以来のひどい災害らしいです。よって、私が生まれてはじめての自然災害の経験です。

たまたま、うちの地区には被害が無かったため(他は皆出払っている)、日赤奉仕団の召集があり、下2枚の写真の辺りに住んでいる方たちの避難所のお手伝いに行かせていただきました。

救援物資は毛布、食料他がすでに届けられ、私はほとんどやることがなかったのですが、昨晩、今朝と主にお湯を沸かしたり、食器の洗い物くらいをしてきました。(ほとんど役にたっていません。ごめんなさい。)

そして、今日の夕方もまた、土砂崩れの危険が高まったとのことで、1.5Km先くらいの住人に避難勧告が出され、油断を許されない状況になっています。

中央道他、南北に4本走る道路は今現在3本が通行止めで、1日中、かなりの渋滞を余儀なくされています。ほとんど交通マヒ状態と言っていいと思います。


人間は自然の中では、無力ですね。どうすることもできない。くずれそうな山があっても、避難するしかないんです。

明日以降も、雨が続きます。くれぐれも、皆さんも気をつけてください。


  1. 2006/07/20(木) 23:20:34|
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川の氾濫、土石流

私の家の辺りは、普段自然災害がほとんど無いところです。

でも、今回の大雨はものすごく、近くでも川が氾濫し、土石流が発生し、市内でも避難指示、避難勧告が出された地区がたくさんあります。そして、JRは止まり、中央道、県道他、通行止めも相次いでいます。

まだまだ、土石流などの被害が過去数年で一番起こりやすい状況だそうです。

ちなみに、我が家は川より上の段にあるため、今のところは大丈夫。
私は日赤奉仕団の役になっているので、要請が出たら出動します。

該当地域の方、みなさんも、気をつけてください。

  1. 2006/07/19(水) 09:32:31|
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感謝

救急救命士のお仕事をなさっている方とお知り合いになりました。

救急救命士って、24時間勤務で、勤務したら次の2日休みっていう勤務体制なんですって。

24時間ー???って、思わず聞き返しちゃいました。

私は規則正しく生活を送っています。だから、寝不足は次の日にかなり影響します。24時間起きていろって言われたって、到底無理!いくら仮眠はできるといっても、もちろん熟睡は許されないし、人命に関わる職業だから、うっかりミスは絶対許されません。また、不規則なローテーションのある職業も私には、無理だと思います。ぼけまくりになっちゃうと思います。

その職業に対する強い意志がなければ、絶対成り立たない職業です。

看護師さん、老人施設の職員、警察官、飛行機の乗務員、他の職業でも3交代だとか、夜勤の方、24時間以上の勤務の方は大勢いらっしゃいますよね。その方たちが、それこそ身を削って、お仕事をしてくださっているから、私たちは安心して暮らしていられるし、今の暮らしが成り立っていることを忘れてはいけませんよね。

普段、忘れてしまいがちだけど、私がのほほんと、口あけて、いびきかいて、ついでに目までうっすら開けて眠っている間に、お仕事してくださっていることを肝に銘じておかないといけないと思いました。

本当に、ありがとうございます。感謝しています。

  1. 2006/07/18(火) 02:16:32|
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理想像を持たない

子供に対しても、親に対しても、夫婦の間でも、「理想像を持たない」ことが人間関係に摩擦を生じないコツのような気がします。

自分の持つ理想像とのギャップにいらいらし、相手を非難する、あるいは心にもやもやが鬱積する。理想像が高ければ高いほど、その状態がひどくなるような気がします。

相手は変えられません。←これを、まず、念頭に置く。今の状態に不満があるのなら、自分が変わればいいのだと思います。

子供に対しても、親に対しても、夫婦の間でも、ありのままを受け入れることで、状態は改善できると思います。

そして、相手に「感謝の気持ちを持つ」ことで、さらに関係は良好になると思います。こちらが変わると、相手も変わってきます。感謝の気持ちを持つと、相手に優しくできる。そして、優しさで自分に返ってくると思います。

そう思いますが、いかがでしょう?




ブログをやっていて、自分に対しても高い理想像を持っている方がいらっしゃることがわかりました。妻としての理想像、母としての理想像、学生としての理想像・・・。

私も昔は勉強ができたほうがいいし、運動もできたほうがいい・・・など、高い理想像がありましたが、年をとるにつれて、理想像とはますますかけ離れていく自分をそのまま受け入れるようになりました。自分自身を向上させるためには、理想を持つことも必要だと思いますが、高い理想をいつも追いかけていると、自分が苦しくなると思います。もう少し、肩の力を抜いて、ありのままの自分を受け入れれば、楽になるんじゃないかな?と思うときがあります。余計なお節介ですね。

  1. 2006/07/16(日) 22:43:10|
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休養

オリンピック選手がもうこれ以上やることはないっていうまで、ありとあらゆるトレーニングなどをこなし、「あとは何をすればいいですか?」ってかつての経験者(ごめんなさい。誰だったか忘れちゃいました。)に聞いたとき、なんて答えたと思います?

それは、 ”休養”  なんです。

がむしゃらにただ走り続けていたのでは、どうしても疲労がたまり、その結果、本来持つ力が出せません。つまり、ただひたすら頑張り続けたのでは、100%の力を出すことができないのです。

休むと、おいていかれる様な気持ちになり、焦っちゃうこともあると思います。でも、人の能力を向上させるためには、トレーニング→休養→トレーニング→休養・・・の繰り返しが必要なんだそうです。
そうすることで、100%以上の力が発揮できるのだそうです。

こういうことは、体力だけじゃなくて、勉強もそうだし、仕事においてもそうかもしれないですね。たまには、息抜きをすることで、自分の力をさらにアップさせていきたいですね。

(寝不足のとき、疲れがたまった時などは、確かにミスをします


  1. 2006/07/15(土) 00:57:32|
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親友

今日は、自分自身の事について書きます。

実は私、親友と呼べる人がいません。(と、私は思っています。)
親友といっても、人によって価値観が違うから、どのようなつながりの友だちを”親友”というのか、人によって違うとは思いますけど・・・。私はそのことでなんとなく寂しい気持ちというか、劣等感をずっと持っていました。

中学くらいまでは、広く浅くの友だちは大勢いる方でした。だから、周りの人は私の事を友達が大勢いて、うらやましいくらいに思っていたかもしれません。どんなタイプの人にも合わせられる性格だったと思います。でも、どんな自分もさらけ出してつきあえる友達はその当時はいなかったような気がします。

短大生になり、そこで初めてこういう人が”親友”なんだと思える人に出会いました。不思議なことに生まれた県は違うのに、同じ生年月日、同じクラス、名簿で隣同士、しかも住む部屋までもが隣同士。話してみると、気を遣わなくていいんです。波長が一緒というか、とにかく、ありのままの自分をさらけ出せるんです。だから、その人との出会いのおかげもあり、とっても楽しい短大時代を送りました。

でも、卒業して、また、離れ離れになり、別れた次の年は3~4回会っていても、次の年は2~3回くらいになり、次の年は1回になり、とうとう年賀状の交換だけの付き合いになってしまいました。

お互いに「会いたいね」って年賀状に書いても、子育てに忙しい年になり、だんだんと心も離れていってしまったような感じです。

今は、子供を通じて知り合ったお母さんの友だちはいますが、うわべだけの付き合いで、親友とは言えない気がしています。

昔、広く浅く付き合った友だちも、大学くらいから故郷を離れてしまったので、今地元にはその当時の友だちはひとりもいません。

どこかで寂しい気持ちを奥の方に押し込めてきたわけですが、友だちがいないことで悩んでいる人が大勢いることを知り、みんなそうなんだと思えたら楽になりました。

そんな自分でもいいかなって、今は思っています。世界中どこを探しても、同じ人間はいないのだから、こういう人間がいてもいいよなって思ってます。

(ここを読んで、贅沢だって思う人もいるかもしれませんが、正直な気持ちです。)





今日の夕方、虹を見ました。
虹を見ると、何だかとっても幸せな気分になりませんか!
みんなに、「虹が出てるよー!」って、教えてあげたくなっちゃう。ひとりだけでは、もったいないような感じ。

実は・・・
私、今から15年くらい前に5重の虹を見たんです^^
今でも、2重くらいはたまに見ることができるけれど、5重のは先にも後にもあの時だけ。
何でも願い事が叶えられるような、すご~く幸せな気持ちになったのを今も鮮明に覚えています。ちなみに、そこでは3重の虹も見たことあります^^




  1. 2006/07/13(木) 22:50:47|
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無条件の愛

親の愛について、コメントに大勢の方が書き込んでくださったり、いろんな方のブログに私のほうからお邪魔して、私なりに「親の愛」について、考えてみました。先日の記事にした”どんなふうに伝えていくか”とちょっと違った観点ですが。

例えば・・・

勉強ができなくても
足が遅くても
歌を歌うのが下手でも
絵を描くことが下手でも
整理整頓ができなくても
夜遅くまで起きていて朝起きられなくても
本を読むのが嫌いでも
学校に行けなくても
・・・
・・・
・・・


どんな状態の子供でも「そのまんまを受け入れてあげられる」のが
今私が考えついた「親の愛」です。

"勉強あるいはスポーツができるからこの子を認める”というのでなく、子供がやりたいことを心から応援してあげられるようになりたいと思います。
そうすることで、子供が真に安心していられる場所(母)となれるような気がします。

どんなことがあっても、そのまんまの子供を受け入れていこうと改めて思いました。
(それが難しいときもありますけどね。)

この考えに至るには、特に子だもたちが書いているブログが参考になりました。
皆さん、ありがとうございました。




  1. 2006/07/12(水) 09:28:35|
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家庭、地域、学校の連携による子育て

いきなりですけど、蚕玉祭(こだままつり)って、何だかわかりますか?

一昨日、私の住む地域では「蚕玉祭」が行われました。昔、この辺りは養蚕が盛んだったのです。私が子供のころ、昭和50~52年くらいまで、私の隣の家でもおかいこさまが飼われていました。 (年がわかっちゃいますね) 

蚕玉祭についての昨年の新聞記事を抜粋します。
この地区の蚕玉祭は、江戸時代の末期から伝わるという記録も残り、掲げられた掛け軸には桑の葉とまゆ玉を手にした「蚕玉大明神」が書いてあった。桑の葉も供えられた。今でこそ養蚕農家はいないが、祭りは初出荷終了の感謝の意と、晩秋まで続く出荷の無事が祈られたという▼かつての農家はコメや蚕が収入の柱だった。その出来、不出来は家族の生命をも左右した。この地区の住民は「昔は蚕に『さま』を付け『お蚕さま』と言った。子どもより大事に育て、畳を上げて蚕を飼ったから、私たちはその間に寝かされた」と懐かしむ。

そんなわけで、今は飼っていない”おかいこさま”のお祭が今も続いているのです。掛け軸や桑の葉を供え、お神酒を供えた後、みなでご馳走をいただきました。

前置きが長くなりましたが、それで感じたこと・・・

いまや地域の交流は都会などでは、かなり減少してきているようです。隣の住人も知らないこともざらにあるんですよね。

でも、うちの地域はこういう行事があって、子供が小さいうちはみんな連れて行くので、みんなに顔も覚えられ、かわいがられる。そういうことって、大事だなって思ったんです。

子供が不登校になったときは、自分の子育てに自信がなくなり、学校や地域も一緒になって育ててほしいなって、切に思いました。(他人よがりなんですけどね)そうするには、こういう行事が不可欠なんではないかって思いました。

ここで顔を覚えることで、道であったときも声をかけられる。何よりどこの子か、覚えていてもらえる。

うちの子は、大きくなってしまったので、もうこういう行事に出ることもなくなってしまいましたが、今度は私がよその子をみてあげれたらいいなと思っています。

家庭、地域、学校がひとつになって子供を育てられたらいいなと思います!

  1. 2006/07/12(水) 00:32:28|
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たくさんのコメントありがとうございます^^

296_9645.jpg

クリックしてみてください。大きくなります。

たくさんのコメントをいただき、「親の愛」って改めて深いテーマだったのだなと感じました。

すみません。また、近いうちに改めてお返事させていただきます。


写真は我が家の芝生の中に自然に生えてきた「ねじり花(ねじり草)」です。
自然の造形は神秘的、心が和みます・・・。


先日、記事にした野球を退団した子に昨夜ばったり店で会いました。
その子の表情がとても明るくて、その子のほうからうちの子に元気良く声をかけてきてくれて、ほっとしました。でも、お母さんの表情は何だか涙顔・・・
また、どこかできっと会おうねって約束して別れました。

  1. 2006/07/11(火) 09:08:10|
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親の愛

子供が不登校になると、本物の愛が自分の中にあるのか?とか、愛が子供に伝わっているのか?とか、子供が私の愛を感じられないから、不登校になってしまったのか?とか、いろいろと悩んだ時期がありました。

実際、親の愛を感じられなくて苦しんでいる子供がいます。

私たちの世代って愛情表現が苦手。外国人のような、抱き合う、頬を寄せる、キスをするなんてもってのほか。小学校の高学年くらいになると、手さえ握らない。(うちでは、そうでした。)

でも、意識的に愛情表現をするって、大事な気がします。小さい子なら、抱っこする、おんぶする、手を繋いで歩く、頭をなでる、一緒に寝るなど。そして、病気をしたときの「手当て」。子供がお腹が痛いときにお母さんがお腹に手をあてていると、それだけで治っていくような気がする。それこそ、手当てですよね。いっぱいいっぱい触れ合うことが、心の触れ合いに繋がっていくような気がします。

大きくなるとそれもできず、どうしたら伝わるんだろうって思いますよね。小学校の高学年でお世話になった先生が懇談会のときに「親から子へ」そして「子から親へ」の手紙を交換する機会を作ってくださいました。なかなか、口では言えないことを手紙に託して伝えたのです。
例えばですけど、誕生日プレゼントと一緒に手紙をつけて送るなんてのはどうでしょうかね?
それから、子供が相談をしてきたときは、真剣に一緒に考えるとか。
一緒にお料理する、一緒にスポーツする、なんていうのもいいかな?

子供に愛が伝わる方法、こんなのがいいよっていうのがありましたら、紹介していただけませんか?
もし、お勧めのものがありましたら、コメント欄にお願い致します。

ひとつ、歌を紹介します。

愛すること生きること~”父から子へ贈る言葉”
作詞:井土晶子・近藤真庸/作編曲:こんどうひろあき
唄:近藤真庸

あなたの友だちが みな 幸せそうに
笑いながら通り過ぎていく
あなたは 傷ついた子犬のように
背中をまるめて たたずむ
海の底に沈む 桜貝 見つけられない 一等星
世界中の誰からも
愛されていないような 気がする

そんなとき 思い出してね
あの日 あなたに贈った言葉
「会えて よかった!」
「生まれてきて ありがとう!」

人は愛されるために この世に生まれ
愛があるから いまを生きる
人は 愛されるために この世に生まれ
愛を求めて 明日を生きる

あなたの友だちが みな 指差しながら
笑っているような 気がする
あなたは 羽のとれた小鳥のように
耳をふさぎ うなだれる
もやで暗くかすむ 燈台
厚い雲に隠れた 太陽
自分がいなくたって
誰ひとり悲しんでくれない 気がする

いつまでも 忘れないでね
あの日 あなたに贈った言葉
「会えて よかった!」
「生まれてきて ありがとう!」

人は 愛されるために この世に生まれ
愛があるから いまを生きる
人は 愛されるために この世に生まれ
愛を求めて 明日を生きる

ラララ・・・
『人は誰もみな、愛されるためにこの世に生まれ、
 愛を求めて明日を生きる』

「会えて よかった!」
「生まれてきて ありがとう!」
いつか同じように あなたも誰かに
心を込めて 贈る言葉
その日がきっと・・・ 


  1. 2006/07/10(月) 00:01:56|
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あたたかい布団

皆さんとブログを通じて交流しているとき、ふと、以前に聴いた講演での話を思い出しました。


ヨーロッパのどこかの国の心理学者がやった実験だったと思うのですが、

赤ちゃんの猿に、やわらかいけどお乳は出ない母親人形と哺乳瓶からお乳が出てくる針金でできた母親人形を与える。

皆さんは、いざという時、赤ちゃんがどちらに行くと思いますか?



結果は
赤ちゃん猿はお乳は出ないけれど、やわらかいお人形の方に行ったのです。

平常の時はどちらもかわりなく接しているようでしたが、突然驚かすと、いつでもやわらかい人形に抱きつくそうです。
不安な時、心細いとき、子供が信頼し、頼るのはやわらかさというやさしさをもった母親であるというのです。
ただ栄養を与えるだけの母親では、赤ちゃんは愛情を持ってくれないということがわかったようです。


この実験の話を聞いたとき、本当かな?とか、猿と人間では違うかもしれないよ、とか、反抗的な気持ちでこの話を聞いたのですが、今となれば、これは人間にも当てはまる正しい実験結果だったのだなと思います。


子供に安心感を与えられるあたたかい布団のようなお母さんになりたい、そして、あたたかい家庭にしたいですね。


  1. 2006/07/08(土) 09:31:28|
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わたしの妹

前回の記事のユウココロさんへのコメントで、「わたしの妹」について触れました。

この本も、私が子供の付き添いで学校に行っていた頃、図書館で出合った絵本です。とっても、衝撃的な内容でした。子供には刺激が強すぎるのでは?と思ったくらいです。でも、これは、現実に起きてしまった実話です。インターネットを少し探してみたら、文章のみの全文が見つかりましたので、コピーします。

これです。


わたしの妹(松谷みよ子著)全文

この子は、わたしの妹。
向こうを向いたまま 
ふりむいてくれないのです。
妹の話、聞いて下さい。

今から7年前、
わたしたちはこの町に引っ越してきました。
トラックに乗せてもらって
ふざけたりはしゃいだり、
アイスキャンディーをなめたりしながら。
妹は小学校4年生でした。

けれど転校した学校で、
あのおそろしいいじめが始まりました。

言葉がおかしいと笑われ、
とびばこができないといじめられ、
クラスのはじさらしとののしられ、

「くさいブタ」と言われ。
ちっともきたない子じゃないのに、
妹が給食を配ると
受け取ってくれないと言うのです。

とうとうだれひとり口をきいてくれなくなりました。
一月たち、二月たち、遠足に行ったときも
妹はひとりぼっちでした。

やがて妹は学校へ行かなくなりました。
ご飯も食べず、口もきかず、
妹はだまってどこかを見つめ、
お医者さんの手もふりはらうのです。
でもその時、
妹の体につけられたあざが、
たくさんあるのがわかったのです。

妹はやせおとろえて
このままでは命がもたないと言われました。
かあさんが必死でかたく結んだくちびるにスープを流しこみ、
だきしめて、だきしめて、
いっしょにねむり、
子守歌を歌って、
ようやく妹は
命を取りとめました。

そして毎日がゆっくり流れ、
いじめた子たちは中学生になって
セーラー服で通います。
ふざけっこしながら、
かばんをふりまわしながら。
でも妹はずっと部屋にとじこもって、
本も読みません。
レコードもききません。
だまってどこかを見ているのです。
ふり向いてもくれないのです。

そしてまた年月がたち、
妹をいじめた子たちは、高校生
まどの外を通っていきます。
笑いながら、おしゃべりしながら・・・

このごろ妹は折り紙を折るようになりました。
赤いつる青いつる白いつる
つるにうずまって
でもやっぱりふりむいてはくれないのです。

かあさんは泣きながら
となりの部屋で つるを折ります。
つるを折っていると
あの子の心がわかるような気がするの・・・

ああ私の家はつるの家
わたしは野原を歩きます。
草原にすわると いつの間にか
わたしもつるを折っているのです。

ある日妹はひっそりと死にました。
つるを手のひらにすくって
花といっしょに入れました。
妹の話はこれだけです。



いじめ、これは絶対あってはいけないこと。いじめた方は、忘れてしまっても、いじめられた方の傷はなかなか癒えることがありません。一生背負っていく人もいるのです。それどころか、この絵本のように、亡くなってしまう人までいるのです。

いじめがなくなることを、まず、一番に私は望みます。もし、いじめられてしまった場合、ユウココロさんのお姉さんがそうであったように、心から信頼できる人が現れることによって救われることを望みます。

こんな悲しい事態を絶対引き起こしてはいけません。

  1. 2006/07/08(土) 09:03:43|
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出会い

地元で車を走らせていても、すれ違うのは知らない人ばかり・・・。

インターネットも普及して、世界中には私の知らない人がたぶん星の数ほど、ネット生活を送っている。

その中で、このブログを通して知り合った人との出会い。

縁あってこうして気持ちの交換ができることに感謝している。

神様が与えてくれた奇跡ともいえるこの出会いを大切にしたい。


皆さん、ありがとうございます。これからも、よろしくお願い致します。

  1. 2006/07/07(金) 09:08:39|
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膝に乗りたがる子

子育てに悩むお母さんたちに、MINAKOさんがエールを送ってくださっています。自分の子育て経験を元に、学び取ったものです。

私自身にも、そしてここに来てくださるお母さんたちにも、きっと役立つと思い、リンクさせていただきました。

よろしかったら、行って見てください。

http://abuhachi.blog47.fc2.com/blog-entry-96.html

  1. 2006/07/07(金) 08:55:33|
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ミサイル発射

北朝鮮がミサイルを7発も発射した。

なんの目的で北朝鮮はミサイルを発射したのか、私にはわからない。世界中を敵にして、何のメリットがあるんだろう?

貧困で苦しんでいる人が大勢いる国で、どうしてそのお金を食料などにまわせないのか!!!

拉致の問題、ミサイルの問題・・・理屈は通らない国とはわかっていても、貧困などで苦しんでいる人がいることを思うと心が痛む。

経済制裁はやむを得ないと私も思う。でも、その中で苦しむのはトップではなく、一般の人達だろう。

世界中の人が笑顔で暮らせる時代になれるように祈っている。でも、世界は緊張し、ますます逆の方向に進んでしまっている。当たり前ですが、私は無力ですね。

  1. 2006/07/06(木) 00:17:41|
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欽ちゃんから学んだ一期一会

テレビに欽ちゃんこと萩本欽一さんが出ていました。野球チームの監督としての欽ちゃんの姿が取材されていました。その中で思ったこと。

欽ちゃん(親しみをこめてここでは欽ちゃんと呼ばせていただきます)は、頼まれてサインを書くとき、必ず一言書き添えるのだそうです。その人に合った言葉を。

欽ちゃんのような忙しいひとが、なかなかできることではないと思います。

一期一会 (これは、欽ちゃんの書いた言葉でなく、私がこれを見て、思いついた言葉です。)

私も実社会でも、ブログなどでも、出会った人とこんなふうに心で接しられる人になりたいなと思いました。世の中には大勢の人がいるけれど、その中で出会った偶然。大切にしたいと思います。

  1. 2006/07/05(水) 23:15:46|
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癒しの言葉

泣いた分だけやさしくなれます。 

笑った分だけしあわせになれます。




これは、御木幽石(みきゆうせき)さんの言葉です。

短い言葉でも、こころに響く言葉ってありますね。


辛いときって、苦しいばかりでそれが自分にとって役にたつことだなんて、まったく気がつきませんでした。でも、時間が経つとあの経験があったからこそ、今の自分があるんだって思えるときが来ました。

辛い時間も、自分が成長するための必要な時間なのでしょう。

辛いときがきても、それを忘れないように生きていきたいと思います。

辛い時も、楽しい時も、人生には両方が必要な時間なんですよね。


  1. 2006/07/05(水) 22:42:10|
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こころの時代

子供が野球をやっているチームの同じ年の子がおとといひとり、退団した。

この子は小学校の頃、キャプテンをして、チームをまとめてきた子だ。そして、中学でうちの子と同じチームに入ってからは、膝の故障などが原因で約1年3ヶ月、ほとんど野球らしい野球をできないまま、退団となってしまった。

小学校の頃は、キャプテンという立場に重圧(責任)を感じ、土日となると、お腹が痛くなったりしたらしい。(お母さんから聞いた話)それでも、1年間キャプテンという重責をやりとげ、中学のシニアにあがってきた。でも、中学生になってからも、同じような症状が続いた。土日となると、腹痛、下痢。そして、慢性的になってしまった膝痛。

チームの決まりで、よほどの体調不良でない限り、出てきてやれることをやる。もし、休まなければならない時は、本人が自分で監督に連絡するという申し合わせがある。

母曰く、この子にとっては、監督へ連絡することがよっぽどの負担だったらしい。監督に電話するくらいなら、行った方がましだと言って、体調が悪くても、無理をして出て行くような日が続いた。その結果、ランニング中に下痢をしてしまったり、吐いてしまったりという日もあった。以前から続いている膝痛は最近更に悪化し、ドクターストップを受けた。さらに、学校でも、吐き気、嘔吐などの症状が出てしまい、最近は学校にも行けない状態になってきてしまったらしい。

野球以外のところで、何が起こっていたかは私には全くわからないけれど、野球がこの子にとってかなりのストレスになってしまったことはわかる。

「監督に連絡することがそんなにまで、その子にとってきついなら、連絡してあげたら!」なんて、私はその子のお母さんに言ったこともあったけれど、真面目なお母さんはそうしなかったかもしれないし、親が言ったとしても子供から連絡してくるように監督から言われたかもしれない。

この子は、練習のときも試合のときも、よく通る声で、選手のみんなに声をかけてくれた。姿は見えなくても、○くん、がんばってるなってわかるくらいの声だった。その声に選手のみんなも後押しされて頑張ってこれたと思う。

この子が、身体症状から抜け出し、元気な笑顔の日々を送れるように、ただただ祈るのみである。


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実社会でもブログを書いていても、大人も子供も、いろんな身体症状が出ている人にたくさん出会います。これが、”ストレス社会日本”なんだなって実感しています。心理学者の河合隼雄さんいわく、経済成長、景気回復を期待したちょっと前までの時代は「もうかりまっか?」だった。現代は「楽しいでっか?」の時代だそうです。心の時代になったんですよね。(不思議なことで、これで経済も回復するそうです)みんながストレスから解消され、笑顔で暮らせる時代になれるといいですよね。

  1. 2006/07/04(火) 06:31:27|
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生きていてよかった・・・・

下の方にリンクさせていただいた記事は、最近ここにも来てくださっている香織さんのお友達の
ゆうこちゃんっぺさんの記事です。

死にたいと思った辛い時期をすごしたからこそ、今感じる思いを綴っていらっしゃいます。とっても感動しましたので、リンクさせていただきました。ありのままの自分で、自分らしく生きていこうという姿勢に思わず応援したくなりました。

その記事に直接リンクいたしました。ここからどうぞ。
http://yunokokolo.blog66.fc2.com/blog-entry-111.html

ブログもリンクもさせていただきましたので、よろしかったら行って見てください。(一番下のリンク先です)

  1. 2006/07/03(月) 17:31:08|
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最近のうちの子供達の様子

今日は、中2の野球をやっている子の期末テストが1教科、返ってきました。

子供から、「理科が返ってきたんだけど、最悪!○点しか採れなかった。」と話してきました。

不登校になる前の私なら、「学校の授業は聞いてるの? 普段勉強やってないんだから、当然でしょ! こんな状態で、どうするの! 」と次から次へと責め立てたと思います。心の奥深くでは未だにその言葉が潜んでいる私ですが、こんな言葉を言いました。
 「○は、野球ができるからいいじゃん!」
この言葉でほっとした表情を見せました。その後、子供からこんな話がありました。
「先輩から聞いたんだけど、中学2年の3学期の成績から志望の高校に連絡が行くんだって。今回はまだ大丈夫だって言っていた。これから頑張らないといけないね。」

この言葉を聞いて、自分なりに考えているということがわかり、ちょっと安心した、嬉しい母でした・・・。


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そして、高1のテニス少年の方はというと、相変わらず頭には テニス しかない。学校で遅くまでテニスをやってきても、帰ってきてからの筋トレは欠かさないほどだ。(ちなみに勉強をやっている姿を見たことが無い程の今時にしては貴重な存在)

「打ち込めることがあっていいね!」って、よそのお母さんたちには言われるけれど、本当にそれだけでいいの?ってやっぱり考えるときがある。少しは自分の将来の事も考えろーって。

先日の懇談会で「高1の終わり頃には進路が決まっていた方がいい」という話があった。確かに、それは理想だよね。でも、私の過去を振り返っても、高1はなんとなくのほほんと暮らしていただけ。将来の希望や夢なんて確か無かったような・・・。
前に、お世話になった校長先生に、「大学院出の先生が、先生として適しているかって言ったらそうばかりじゃない。やっぱり人間性。4年出たか6年出たかはあまり関係ないよ。」って聞いたことがある。(大学院出の先生ごめんなさい。そういう人もいるっていう話ですので。)
そして、今子供がお世話になっている家庭教師の先生。一度社会人として働いた経験がある。思うところがあり、仕事は辞めて、今は看護大学の学生さん。
それから、今日のラジオの人生相談で、「今の職業は給料が安いから転職しようかどうか迷っている」という相談。結局その答えは、「自分がその仕事に魅力を感じなければ辞めればいい。」というもの。そうだよね。結局は自分がその職業に対してどれだけ魅力を持っているか?の自分の意志なんだよね。

親はつい親の思っている理想のレールを地道に歩んでくれたらなんて考えちゃうけど、どのレールを歩くか決めるのは自分なんだよね。人から強制された道では、結局やる気なんて持てないし、きっと嫌になっちゃうんだろうね。

先日、ここの記事にしたもえさん。自分でやりたいことが見つかってすごいなって思った。うちの子も、もしかしたら、いつの日か、何かのきっかけで将来の希望の道が見えてくるかもしれないよね。そういう日が来ることを、期待して待つことにしよう。(自分に言い聞かす。)


おやすみなさい

  1. 2006/07/01(土) 00:52:28|
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