不登校経験者の親、今考えること・・・

不登校・・周りの大人に何を伝えているのでしょう?数学のように答えがひとつしかない問題なら、答は出せますが、子育てはそういうわけにはいきません。一緒に考え、一緒に学びながら、悩めるお母さんが、ほっと一息つける場になれればと思います。

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ふと思ったこと・・・

ガソリンスタンドでのこと。

元気のいい、笑顔のかわいらしい女の子が、それはそれは丁寧に車のフロントガラスを拭いてくださいました。
なんて、いい子なんだろう
この様子を見ていて、感謝の気持ちがいっぱいになって、とってもうれしい気持ち になりました。

ふと、このとき頭にいろんなことがよぎって来ました。

もしこの時、私が時間に追われ、急いでいるときだったらこんなふうに思えるだろうか?
きっと
この忙しいときに、こんなに時間かけて拭いて、仕事が遅いんじゃないの?
とまで、おそらく思ってしまっていたような気がするのです。

この出来事、よく考えてみると、相手の行動(おねえさんの行動)はまったく変わったわけではありません。
私が自分勝手にいろんな捕らえ方をしているだけなのです。


そこで、今日の教訓・・・

自分が相手に対していらいらの感情がこみ上げてきたとき、何か壁にぶつかってしまったとき、角度を変えて、見方を変えて、見てみることが大切なようです。
思い込みが激しい私。そんなときはこのことを思い出すようにしたいです。。。


PS こんなふうに考えたのも、時間的にも心にも余裕があったからだと思います。ゆとりって大切ですね。



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  1. 2007/09/20(木) 18:41:35|
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遊んでみました~!

今流行っているとニュースになっていた
あなたは戦国武将でいうと誰をやってみました~(織田信長、徳川家康という文字からこの診断に入れます。)

診断結果は・・・

●武力:45点 [普通]
あなたの武力です。この値が高いほどあなたは敵をなぎ倒していき、戦闘で能力を発揮できます。現在でも愛する人を怪しい人から守るなどの時に役立つことでしょう。
●知力:80点 [よくできました]
あなたの知力です。この値が高いほど頭がいいことになります。戦闘で仲間の損害を最小限に抑え、相手の損害を大きくすることができます。現在では、有名大学に入って、一流企業に入るもよし学者となって、後世にまで受け継がれるような研究を行っても良いことでしょう。
●魅力:75点 [よくできました]
あなたの性格の良さです。この値が高いほど、周りの人の喜びを常に考える性格のいい人であるということです。
●政治力:65点 [よくできました]
あなたの政治力です。戦国の世でのし上がっていく為には、朝廷や他勢力といかに交渉するかも大事です。この値が高いほど、あなたは自分の会社などで勢力を持ち、出世していくことができることでしょう。
●才能:80点 [よくできました]
音楽ができるとか人を笑わせるとか、ちょっと個性的な才能。秀吉が天下をとることができたのも個性的な才能を十分発揮することができたからでしょう。


あなたは竹中半兵衛に似ています。見た目が軟弱なので斎藤家中で馬鹿にされていた半兵衛は、弱冠二十歳にして、一夜で難攻不落の稲葉山城を乗っ取ってみせた。政治的思惑があるのかと思えば、信長が連絡をとっても「他国のためにやったんじやない」とあっさり龍興に城を返してしまった。軍略を学間として好み、出世などには興味がない彼は、今なら差し詰め「ゲームの鉄人」。浮世ばなれしたマニヤックさは「兵法」を著した孫子を思わせる。黒田官兵衛と双璧を成す秀吉の名軍師。借しいかな結核のため三十六歳の若さで亡くなった。


だそうです。
歴史が大の苦手な私。竹中半兵衛って誰???って感じですが、36歳でこの方亡くなっている。私はすでにその方より長生き(ホッ)
「ゲームの鉄人」浮世ばなれしたマニヤックさって、よくわからないけど、私にはそんな部分もあるってことかな~?個性的ってことなのかな~?

  1. 2007/09/19(水) 08:39:42|
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山もいいものですよ^^

私は中央アルプスのふもとに住んでいます。
自分で写真を撮れて紹介できたら一番いいんですけど、私には無理><
そこで、いいページを見つけちゃいました~!

http://www17.ocn.ne.jp/~komagane/hataraku/syokuba.htm
下のほうまでスクロールして見てみてね!

地元に住んでいても頂上まではそう何回も行った事はありません。でも、その時の感動は忘れません。

私はいつもこの山を下のほうから眺めています。
「そこにいつもある」
山は私にとって心のよりどころになっていると思います。
この山をいつも眺められる。ありがたいことです。

海は癒されますよね。
時には、こんな山を眺めるのもいいですよ^^

地元の企業の会長さんが撮られた写真です。こんな風景の場所に住んでいます。
https://www.kantenpp.co.jp/room/gallery/html/

  1. 2007/09/18(火) 15:43:38|
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溜め込まないで。時には思いっきり泣いてみましょう。

いつもいつも辛さを心の奥に押し込んで
笑顔で頑張っているあなた。。。


辛くて、苦しくて、心がずしっと重くて、暗闇の中にさまよってしまったとき、思いっきり、涙が枯れるまで泣いてみると、心が少し軽くなることってあると思います。

誰かに愚痴を聞いてもらう、そうすることで心が少し軽くなることもあると思います。


あなたの心が、風船のようにふわっと軽くなりますように


【追記】

涙が枯れることなんてないんだね。
泣いても泣いても涙が止まらないって、あなたはいつも言っていたね。そのくらい抱えているものは重いんだよね。
人前では心に抱えているものを悟られないように、いつも笑顔で頑張って頑張って・・・。

そんなあなたに少しでも寄り添うことができたらと思っています。
ここに来てくれて、とても嬉しいです。こんなところですが、よろしかったらまた来てくださいね。





  1. 2007/09/17(月) 22:01:19|
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命を見つめて  猿渡瞳さん

アフラックのホームページを見ていて感動しましたので、紹介します。

猿渡瞳さんは、骨肉腫のために平成16年に13歳の若さで亡くなりました。猿渡さんについては、平成17年の24時間テレビでも取り上げられ、話題になったようですね。でも、残念ながら私は今まで知りませんでした。

次のページの中の「生きる」ストーリーの方々のメッセージ、どの方のものも胸に響いてきます。
http://www.aflac-ikiru.com/
猿渡さんのメッセージ、そして弁論大会のフラッシュムービーはこの中にあります。ご存じない方も、ご存知の方もいま一度どうぞ^^



瞳さんはメッセージを通して、命の尊さ、今生きていることのありがたさ、当たり前の生活が一番の幸せであること、1日1日の大切さ等々、私に訴えかけてきました。そして、メッセージを多くの人に伝えたいという気持ちが伝わってきましたので、ここに紹介させていただきました。



  1. 2007/09/17(月) 00:13:32|
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僕の一番欲しかったもの

http://kandoflash.com/flashhtml/flashK42.htm

「僕の一番欲しかったもの」のフラッシュです。

時間があったら、最後まで見てみてくださいね^^
私もこんなふうになれたらいいな!

  1. 2007/09/14(金) 00:17:37|
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こどもの心は飢えている

横林哲也氏の書かれた「こどもの心は飢えている」を読んだ。(暁斗くんが薦めてくださったもの)

横林氏は定時制高校や実業高校で生徒たちと格闘してきた教師であり、この本はご自身の実体験をもとに書かれたエッセイです。

横林氏の思いのままに立ち直った子、どうすることもできなかった子、努力むなしく学校を去っていく子・・・実体験がそのまま書かれているので(仮名で)、人間らしさ、真実味があり、どの話も迫ってくるものがありました。

どれも、皆さんに紹介したいものばかりですが、その中から、ひとつだけ紹介しますね。

ほな、行ってくるわ

「先生、こんな話、していいのでしょうか。でも、とっても嬉しかったんです。ほんとに奇跡だ、と今でも思うことがあるんです」
 生活指導で学校にきた橋爪孝一(仮名)の母親は、白い細面の眼鏡の奥から私を見つめながら話しだした。

〈母親の話 要約〉
 私の長男孝一がグレだしたのは小学校6年のときでした。
 学校の帰りに近所の小学校5年生数人が小学校3年の女の子をいじめているのに出会い、その女の子を助けようとして喧嘩になったとき、孝一の持っていた合奏用の笛の先が相手の目に当たったのです。
 一時は、失明するのではないかということで、夫と私は孝一を連れて早速先方に出向き、できる限りの補償を約し、精神誠意、謝罪を繰り返しました。
 しかし、孝一は、帰ってからも、
「僕が悪いんやない、あいつの方が悪いんや」を繰り返し、
「なに言っとんやっ、相手は右目がなくなるかもわからんのやぞっ。お前が悪いにきまっとるやないかっ」
 と、夫は孝一の顔が腫れあがるほど殴りつけ、私も一緒になって彼を責めました。
 そしてその後、郊外にかねてから購入予定していた新居に移るときも、あろうことか、孝一のあの事件のせいで引っ越さなきゃならないようなことを言って、孝一をさらに追い詰めてしまったのです。
 中学に入ってからの孝一はなぜか、空気の抜けた風船のようにうつろな顔をしてボヤーッと日を過ごすようになりました。そして学校では遅刻、中抜け、居眠り、校外では喫煙やゲーセンでの補導と、もう信じられないぐらい変わってしまいました。
 孝一は先生や私たちの話を全く聞かず、全く勉強らしい勉強もせず、問題児として中学校を終えました。
 そしてこの学校へきたのです。
 しかし、夜間学習はよかったのですが、昼のバイトでお金が入るようになって、孝一はまた変わりました。
 髪形も服装も派手になり、夜も明け方近くまで遊びまわるようになりました。
 そして夫や私が叱れば叱るほど、反抗するかのように行動はエスカレーとするばかりで、終いには夫の胸倉をつかんでののしるなど、「これが我が子か」と思うほど形相まで変わってきて、恐ろしいほどでした。
(もうとても私たちの手に負えない)
 そう思うところまで追い込まれていったのです。
 孝一は私たちとはほとんど口を利かず、まるで他人と生活しているような苦しい日々が続いていました。
 そして、カウンセラーに相談に行ったとき、そこではじめて、「あのとき、小さな女の子をかばった孝一の気持ちを、なぜわかってやらなかったのか」ということに気がついたのです。
しかし、もう私たちは完全に時期を逸していました。
 それどころか、最近の私たちは、目を合わすのも躊躇するぐらい孝一にかかわるのを恐れていたのです。
 ある日曜日のことでした。私は山陽電車に上る階段のホールで、偶然に孝一をみかけたのです。孝一は中央の公衆電話のところでボオーッと立っていました。
(なにをしているのだろう?)
 私は、百貨店の中から隠れるようにして孝一を見ることにしました。
 5分もたったでしょうか、ツーッと孝一が階段の方に足早に動いてきました。
「ええっ?どうしたのかな?」と目をやると、孝一は階段の下で杖をついて大きな買物袋を下げているお婆さんのところに行って何事か言うと、買物袋を右手に持ち、左手でお婆さんの肘を軽く支えて、なんと一緒に階段を上っていくではありませんか。
 そして、ときどき、のぞきこむようにしては話しかけている孝一の優しい笑顔。私は涙が、後から後から溢れて止まりませんでした。
 夫にその話をすると、夫は、
「ほおーっ、そうか、あの子がなあ・・・・・・いいとこあるんやなあ」
と、涙ぐみながらつぶやきました。私たちは泣きながら夜遅くまで話し合いました。
 そして、その夜から、「この子は私たちの子供なのだ」ということをもう一度信じることにしたのです。
 それから、なにか孝一との距離が少し近くなったような気がしました。
 半月ばかりたったある夜、夫が突然、全く突然に、テレビを見ている孝一に言いました。
「孝一、明日なあ、お父さんの会社で納涼祭があるんや。お前、きいへんか?屋台も出るし、漫才もあるぞ。よかったら父さんの工場ん中、案内してやってもいいぞっ」
 孝一は、ポカンと一瞬あっけに取られたような顔をして夫を見ていましたが、
「ええ?俺みたいなもん、行ったって・・・・・・やめとくわ」
と言いました。
「おう、どっちでもええで。きたかったらこいや」
 夫は孝一を見て、穏やかに笑いながら言いました。
 しかし、孝一はなにも言わず、黙って二階の自分の部屋に入ってしまいました。
 明くる朝、私は朝食の片づけをしていると、孝一が下りてきました。
「母さん、ほな、行ってくるわ」
「・・・・・・!」
 振り向くと、茶色の頭髪とはおよそ不釣合いな白いシャツに細いジーパンをはいた孝一が、まぶしそうな顔をして立っているではありませんか。
「あれだけ言われたら、しゃあないやろ、行ったらな」
 孝一は私の顔を見て、大人のように顔を歪めてチラッと笑いました。
「行ってらっしゃい」
 私は彼に背を向けて言いながら、涙がこぼれて仕方ありませんでした。

 話し終わった母親は、
「あれから私たち元に戻ったんです。先生、これって、ほんと奇跡ですよね」
と言って目頭を拭いた。
 孝一はその後も、相変わらずの大人ぶった言動で仲間からはやや浮いた存在ではあったが、成績も上位で学業を終えた。
 卒業式の日、出席していた両親の誇らしげな顔が今も忘れられない。



最後に、多くの子供たちと関わった経験から、横林氏が訴えていることを少し抜き出したいと思います。

私は、今の教育が、教育界を含めた社会の激しすぎる流れの中で、なにか大きな「忘れ物」をしてきたような気がして仕方がないのである。
 大きな「忘れ物」とはなんであろうか。
 言葉が適切ではないかもしれないが、それは子供の「心の飢え」を知ることであろうと、私は思っている。
 自分は誰からも必要とされていない、自分は誰からも愛されていない、という「心の飢え」である。
(略)
教育者としてけっして並外れた経験があるわけではないが、世に言うエリート集団ではない多くの子供たちと全力で、心でかかわってきたつもりだ。そして、その中で思ったことがある-----。
 私たち教師にとって、子供と「かかわり」を持とうとする姿勢がすべての基盤となるのは当然である。だが私たち以上に、子供たち自身が「心のかかわり」をもとめている-----そのことに気づかなければならない、ということだ。

 ああ、女、女、女、女がほしい
 ああ、金、金、金、金がほしい
 ああ、車、車、車、車がほしい
 ああ、俺、俺、俺、・・・・・俺って誰がほしい?
      (夜間定時制高校2年生の理科ノートの落書きより)

社会状況がどんなに変化しても、一人一人の置かれている立場がどんなに変わっていっても、真剣に自分と向き合ってくれる誰かを求める子供の思いは変わらない。

---------------------------------------------
子供は純真で無垢な種子である。どのような花を咲かせるのか、どんな実を実らせるのか、すべてが大人の育て方にゆだねられていることを知らなければならない。
そして、その権利はすべての子が持っており、善くなろうという願いをすべての子供が持っていることをしっかりと認識すべきである。
 本書を通して、新幹線に乗って目的地にまっしぐらに進む子も、各駅停車でゆっくり歩む子も、みんな一生懸命に生きようとしていることがおわかりいただけたであろうか。
 新幹線に「乗れた子」と「乗れなかった子」、ただそれだけで価値判断をする大人にだけはなって欲しくない、という私の願いが少しでもお伝えできたら、これほど嬉しいことはない。


ここまでたどり着き、長文に付き合ってくださった方、心から感謝申し上げます。

  1. 2007/09/10(月) 23:50:42|
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自分に自信を持って!

子供が不登校になると、あれがいけなかったんじゃないか?これがいけなかったんじゃないか?と自分の過去の子育てを否定し、悲観にくれてしまうことが多いと思います。

でも、そんなとき、こんな言葉をかけてくださる方がいました。

「自分が子供のためにとやってきた子育てなんだから、自信を持っていいんだよ!」

明らかに、こうした方がよかったということもありますが、よく考えてみれば、がんばってやってきた自分も確かにいます。

子育てのみならず、自分までもを全否定してしまっている方もいらっしゃいますが、がんばってやってきた自分を褒めてあげましょうよ^^


子供は今も成長過程!
時間が止まってしまったように思えても、子どもは成長しているということを忘れないでください。
これからも、子供はどんどん成長していきますよ^^

えらそうなことを言って、ごめんなさい。

  1. 2007/09/06(木) 22:32:00|
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バラの生きる力

今年の7月8日、バラクライングリッシュガーデンに行った時、我が家のバラの病状を説明し、専門家にアドバイスを受けてきました。

一年に何度か、噴霧消毒もするし、適宜スプレー式の消毒もしているのですが、バラ育ては本当に難しい
ウドンコ病、黒班病などの病気にはなるし、虫も付くし・・・。

病気の葉はすべて取り去った方がいいということでしたが、すべて取り去ったら、丸裸になってしまう、と言ったら、それでは、思い切って根元に近い方から切ってしまうのが、一番の打開策です。と言われました。

そこで、帰ってきて思い切って、剪定
祈るような気持ちで本当に思いっきり切りました。

そうしたら・・・

あれから2ヶ月くらいしか経っていないのに、見事復活

20070906090046.jpg

↓こちらもクリックしてみてください。
20070906090143.jpg


バラに生きる力を教えてもらいました。


  1. 2007/09/06(木) 09:04:09|
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「甘やかし」と「受け入れる」の違い

子供が不登校になって、学校に行けない状態が続くと、これでいいのか?このままだらだらずっとこの状態が続いてしまうんじゃないか?これは甘やかしじゃないか?将来は大丈夫なのか?とさまざまな思いが頭をよぎりました。

けれど、これはすべて私の側から見た勝手な考え、ちっとも子供側の立場になって考えていないと、いつしか気づいてきました。

それが、MINAKOさんのブログの中で、簡潔な言葉で書かれていたので、紹介します。
http://abuhachi.blog47.fc2.com/blog-entry-309.htmlこの一部です。

「甘やかし」 とは、親がそうしたいからするに過ぎず、子どもの気持ちや将来を考えず、自分の気持ちを優先していることを言います。このときは相手(子ども)を信頼していない状態です。
「受け入れる」 ということは、子どもがそうしてほしいと願っていることを子どもの気持ちを優先させて、してやることです。これは相手を信頼している状態です。


つまり、甘やかしと受け入れは、子供を信頼できているかどうかの違いなんですね。

子供に対して(誰に対しても)不安な気持ちが襲ってきたときは、信頼できていない状態であることに気づき、修正できる自分でありたいと思います。

  1. 2007/09/05(水) 01:53:53|
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感じ方

私が子供の不登校で学んだことのひとつに、人はそれぞれ感じ方が違うってことがあります。


私にはなんでもないようなことが、子供にはかなり負担だったという経験を何度もしました。親子だから、感じ方も同じだろうとか、似ているだろうって思ってしまっていたんです。

はじめのうちは、どうしてこんなことが?って思い、「そんなこと大したことないよ!」と責めてしまったりしていました。

そのうちにそれがその子の感じ方で、そのままを受け入れることが大事だと気づきました。

「感じ方は人それぞれ。ありのままを受け入れることが大切。」

そう思ってから、自分のことも、背伸びしたりしないでそのままでいいんだと思えるようになりました。いつもいつも頑張らなければいけないという思いから、時には休んでもいいんだと・・・。
自分自身が以前より楽な生き方ができるようになったと思います。

  1. 2007/09/05(水) 01:10:25|
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50キロ競歩の山崎勇喜選手、感動をありがとう!!!

世界陸上2007イン大阪で、男子50キロ競歩の決勝が今日、午前中行われました。見ていた方、いらっしゃるでしょうか?

2キロコースを周回する競技です。

山崎勇喜選手は、序盤一位の選手から少し遅れた集団に入っていました。その後、トップ争いに・・・。そんな様子を見たので、思わず腰をすえて応援

この中継を見るまで、50キロ競歩の過酷さを正直知りませんでした。

世界トップになる人も3時間30分を超えるような長時間かけてのレース争いです。しかも、今日も大阪は暑い!30度を越える猛暑。そんな中、自分から諦め止まってしまう人、嘔吐を繰り返しながらも続ける人(競歩ではこれは普通のことらしい)、多くの人が途中リタイヤしていきました。

そんな中、山崎は徐々にスピードが落ち始め、順位もだんだんと落ちていきました。

すると、こんな光景が・・・。
周回遅れの日本人選手が山崎のスピードを上げるために、自分についてくるように言って、先導するではありませんか。自分のタイムはさておいて、山崎のためにこういう行動を取ったのです。これには、感動結局、山崎はその速さにもついて行けず、必死にがんばる姿が・・・。

そして今度は、苦しんでいる山崎の肩を、これまた周回遅れの日本人選手が後ろからポンとたたきました。そうすると、かなりスローになってしまっていた山崎が、ぐんと加速しました。しかし、また徐々に失速。

それでも、45キロ時点では6位。まだ入賞圏内の位置にいます。
目に見えて、苦しさが増しているのが伝わってきます。この辺りまで来ると、熱中症で朦朧とする選手が大勢いるなんていう実況も流れています。

あと1周、2キロ走って陸上競技場に入るというところ。後ろには、次の選手が迫っています。なんとか最後までゴールしてほしい。入賞してほしい祈るような気持ちで、応援にも一層力が入ります。


この時点で8位。
ところが、次の瞬間。とんでもないことが

あと1周回らなくてはいけない山崎を、誘導員が皆で、陸上競技場の中に誘導してしまったのです。

3時間40分以上もがんばり続けてきた彼。テレビ中継の人たちは焦りまくっているのに、近くの人はどうして誰も気づいてあげないの?声をかけてあげないの?涙が止まらない。号泣

結局、そのまま競技場を一周して、ゴール。
全身全霊をかけていた山崎はその場に倒れこんでしまいました。そして、担架で運ばれたのです。

結果は、棄権ということになってしまいました。世界陸上という舞台でなんていうことが起きてしまったのか!怒りと山崎選手の無念さ、いろんなことが頭をよぎって、涙で顔がぐしゃぐしゃ。なんとも複雑な気持ちになったのです。


山崎選手、そして、日本人選手の皆さん、感動をありがとう
おそらく、一生この感動は忘れません。

北京五輪にどうしても出てほしい(祈)



  1. 2007/09/01(土) 15:12:00|
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