不登校経験者の親、今考えること・・・

不登校・・周りの大人に何を伝えているのでしょう?数学のように答えがひとつしかない問題なら、答は出せますが、子育てはそういうわけにはいきません。一緒に考え、一緒に学びながら、悩めるお母さんが、ほっと一息つける場になれればと思います。

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家庭、地域、学校の連携による子育て

いきなりですけど、蚕玉祭(こだままつり)って、何だかわかりますか?

一昨日、私の住む地域では「蚕玉祭」が行われました。昔、この辺りは養蚕が盛んだったのです。私が子供のころ、昭和50~52年くらいまで、私の隣の家でもおかいこさまが飼われていました。 (年がわかっちゃいますね) 

蚕玉祭についての昨年の新聞記事を抜粋します。
この地区の蚕玉祭は、江戸時代の末期から伝わるという記録も残り、掲げられた掛け軸には桑の葉とまゆ玉を手にした「蚕玉大明神」が書いてあった。桑の葉も供えられた。今でこそ養蚕農家はいないが、祭りは初出荷終了の感謝の意と、晩秋まで続く出荷の無事が祈られたという▼かつての農家はコメや蚕が収入の柱だった。その出来、不出来は家族の生命をも左右した。この地区の住民は「昔は蚕に『さま』を付け『お蚕さま』と言った。子どもより大事に育て、畳を上げて蚕を飼ったから、私たちはその間に寝かされた」と懐かしむ。

そんなわけで、今は飼っていない”おかいこさま”のお祭が今も続いているのです。掛け軸や桑の葉を供え、お神酒を供えた後、みなでご馳走をいただきました。

前置きが長くなりましたが、それで感じたこと・・・

いまや地域の交流は都会などでは、かなり減少してきているようです。隣の住人も知らないこともざらにあるんですよね。

でも、うちの地域はこういう行事があって、子供が小さいうちはみんな連れて行くので、みんなに顔も覚えられ、かわいがられる。そういうことって、大事だなって思ったんです。

子供が不登校になったときは、自分の子育てに自信がなくなり、学校や地域も一緒になって育ててほしいなって、切に思いました。(他人よがりなんですけどね)そうするには、こういう行事が不可欠なんではないかって思いました。

ここで顔を覚えることで、道であったときも声をかけられる。何よりどこの子か、覚えていてもらえる。

うちの子は、大きくなってしまったので、もうこういう行事に出ることもなくなってしまいましたが、今度は私がよその子をみてあげれたらいいなと思っています。

家庭、地域、学校がひとつになって子供を育てられたらいいなと思います!
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  1. 2006/07/12(水) 00:32:28|
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無条件の愛 | ホーム | たくさんのコメントありがとうございます^^

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