不登校経験者の親、今考えること・・・

不登校・・周りの大人に何を伝えているのでしょう?数学のように答えがひとつしかない問題なら、答は出せますが、子育てはそういうわけにはいきません。一緒に考え、一緒に学びながら、悩めるお母さんが、ほっと一息つける場になれればと思います。

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相手を赦すと、人間が一回り大きくなる

ここに度々書き込んでくださる、のんきははさんのコメントを読みながら、感心し、勉強させていただいています。

息子を脅迫してきた先輩に対して、将来を心配し、大人になれますようにと願う心。

自分や自分の子供が実際に被害者になったとき、果たして加害者に対してこのように思うことができるだろうか?と疑問に思います。


「赦し」について書かれた、私にとって興味深い言葉がありましたので、紹介します。

『自分の魅力を引き出す「生き方のルール」35』 鈴木秀子著より


「赦す」ことで、自分も癒され救われる

 人が人を「ゆるす」ことは、最もむずかしいことです。けれど、最も大切なことです。
 人は生きている限り、誰であれ、ゆるされて生きているのです。このゆるしには、「許し」と「赦し」の二つがあり、微妙に意味が異なっています。
 許しは、単に許可をすること。許す側にとくに痛みはありません。
 一方、赦しは「赦しがたきを赦す」こと。そこには赦す側の痛みや犠牲が伴います。
 たしかなことは、より困難な「赦し」をあなたが実行するとき、あなたの心はいつしか癒され、そして救われていくのです。私がそのことを目の当たりにした、「奇跡」のようなお話を紹介したいと思います。

その苦しみは”人生の設計図”の一部と思え

 私たちは、この世に生まれる前に人生の設計図を持って生まれてくる。

 これはB・イーディーの「死んで私が体験したこと-----主の光に抱かれた至福の時間」(鈴木秀子訳、同朋舎刊)という本の中で語られている言葉です。
 設計図とはどういうことかというと、人間は苦労して成長し、やがて人の役に立てるような人間になって人生を完成させるわけですが、この生涯を通した全体設計図を自分で立ててから、つまり一人ひとりがその設計図を持ってこの世に生まれてくるのだということです。
 ところが、生まれた途端にその設計図を持っていることすら忘れてしまうというのです。
 そのため、人生で経験する苦しみやつらい出来事の意味がわからず、つい人を恨んだりもするようになります。交通事故にあうとか、子供の死を経験するというようなつらい出来事も、ほんとうは、すべて自分が成長するためにあらかじめ計画し、受け入れていたことなのです。
 しかし、設計図の存在を忘れているわけですから、ただただ苦しく「何でこんなことが自分の身に起こるのだろう」と悲嘆にくれたり、人のせいにして恨んだりしてしまうのです。
 成長のために苦労が不可欠だということは真理です。そして、人生の設計図には、どの苦労もすべて意味あるものとして書きこまれているのです。

心にくすぶる”業火”を消すには

 アメリカに「子どもを殺された親の会」という組織があります。
 それは、性犯罪の犠牲者となった幼児の母親や、麻薬中毒者に銃の乱射で撃たれた少年の父親など、想像を絶する苦しみを体験した親たちが集まって、お互いの苦しみを分かち合い、助け合っているグループです。ともすれば悲しみに押しつぶされて、暗く重たい空気が会をおおってしまうのでした。
 私がそのグループを訪れたとき、一人の母親がこんなことをつくづくいっていました。
「子どもを殺された私たちの苦しみは、言葉にして伝えられるものではありません。けれど、それ以上につらいのは、私たちが犯人を赦せないことです。私たちは犯人を憎み続けるでしょう。赦そうと思っても赦せないのです。この憎しみの業火を背負って、私たちはこれからもずっと生きていかなければならないんです」
 この救いようのない絶望感を前にすれば、たいていの人はかける言葉も失うでしょう。私はやりきれない思いでその場を去ったのでした。
 ところが、しばらくたって会員の方から「奇跡が起こったのです」との不思議な知らせを受けたのです。私は、何事が起こったのだろうと思い、再び訪ねてみることにしました。すると、会の雰囲気がうって変わって明るくなっているではありませんか。
 これは確かに奇跡だと思いました。
 「いったい、何があったのですか」と私がたずねると、会員たちみながイーディーの本を読んだのだといいます。その本から、自分たちは人生の設計図を自分で書いて、この世に生まれてきたのだということが、よくわかったというのです。
「自分は子どもを殺される苦しみを乗り越え、人の痛みを理解し、人を大切にする能力を養うという設計図を持ってこの世に生まれてきた」「私の子どもは、4歳で死んで人生を完結するという設計図を持って生まれてきた」「犯人は、人を殺して牢獄で一生を不意のうちに過ごすという設計図を持って生まれてきた」
 それぞれが、自分の決めた設計図に従って定められた苦しみを乗り越えることで、人を理解し、人の痛みに共感できるようになる、そうなるためにこの世に生まれて来ているのだと、みなでそう理解したというのです。

頭だけでなく”感情で赦す”ことが大切

 彼らの行動は、これだけにとどまりませんでした。
 小さなグループをつくって、グループごとに、子どもを殺した犯人たちのいる場所を訪ね廻りはじめたのです。犯人たちの話を聞くためです。そうして、彼らの話によく耳を傾けると、彼らのほとんどが小さいときから虐待され、貧しい家庭に育っており、自分たちよりも悲惨な状況にいたことがわかったといいます。
 その活動を続けていく中で、被害者の親たちは変わりました。少しずつ明るさをとり戻し、人間らしい感情も出せるようになったそうです。
 ある母親からこんな声を聞きました。
「自分も苦しみました。けれど、そんなひどい生い立ちをしている犯人を助け、犯人の痛みを感じることで、私は犯人を赦すことができるようになったのです。頭ではわかっていても、どうしても感情で赦せなかった。そんな憎しみでいっぱいだった私たちが、人を赦せるようになったのです。これが大きな奇跡でなくて何でしょうか」
 彼らの「ゆるし」はまさに「赦し」でした。心の痛みをこらえながら、「受け入れがたき」を受け入れたのです。そして、その困難な仕事の中に隠れている自分自身の設計図の意味を見つけることで、その困難を乗り越えました。
 その意味とは、苦しみを受け入れ、人の痛みを理解し、人を大切にする力を養うということです。そのときに彼らは絶望の底なし沼から引き上げられ、癒しの光に包まれたのでした。


私自身はここに書かれたような悲惨な出来事は起こっていないし、想像すらできません。
以前に、インターネットで知り合った方から「相手を憎むと言うことは、自分も苦しい。相手を赦す事で、相手も救われるし、自分も救われる。ここでいう相手も救われるというのは、善の方に導かれる。」という言葉を聞いたのですが、これを読んで少しだけわかった気がしました。
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  1. 2007/07/22(日) 01:15:02|
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  4. コメント:21

アララの呪文 | ホーム | 30秒で世界を変えちゃう新聞

コメント

>クロさんへ
またまた素敵なことを教えてくださってありがとうございます。
グリフィンの祈りっていうんですね…
すごく素敵な言葉ですね。
聖書にも『悲しむものは幸いです』という言葉があるけれど、それよりもずっとわかりやすく本質を捉えていると思います。
それがどんな素晴らしいメロディーと一体になっているのか…
ああ、早く聴きたいです!
>ふみごん様
いつも励ましのメッセージいただき、感謝しております。
今回の言葉も、心に沁みました。
生きていることに激しく絶望するときもありますが、それでも、ブログを通じてたくさんの素敵な人や素敵な言葉に出会えて…
つながっていることの素晴らしさを改めて感じています。
ありがとうございます。
  1. 2007/07/27(金) 23:07:42 |
  2. URL |
  3. 碧海 #tFLCjtZM |
  4. 編集

グリフィンの祈り

碧海さん、お役に立てて何よりですv-91

昨日得た情報が、コクーンつながりだったので、紹介します。

以前、このブログにもアップしましたが・・・

コクーンの詩に「祝福の詩」というのがあります。v-259

今でもこの詩を聴くと・・・自分の今の状況も、大切なことを学ぶための・・・まだ未学習のものを生活の中で体得するためのものなんだなあ・・・と思い前向きになれるのです。

コクーンさん達は、この詩の歌詞をアレンジして歌っていますが・・・

そのもととなった詩を見つけましたので紹介します。v-219

作者は不明。アメリカのとある病院の壁に一人の兵士がかきつけたものらしい。



グリフィンの祈り

大きなことを成し遂げるために、力を与えて欲しいと神に求めたのに

謙虚を学ぶようにと、弱さを授かった

偉大なことができるように健康を求めたのに

よりよきことをするようにと、病気をたまわった

幸せになろうと、富をもとめたのに、賢明であるようにと、貧困を授かった

世の人々の賞賛を得ようとして、成功を求めたのに、

得意にならないようにと、失敗を授かった

求めたものはひとつとして、与えられなかったが、

願いはすべて聞き届けられた

神の意にそわぬものであるにもかかわらず、

心の中の言い表せない祈りは、すべてかなえられた

私はもっと豊かに祝福されたのだ




心の中の言い表せない祈りは、すべてかなえられた

私はもっと豊かに祝福されたのだ


ここの歌詞を見事に・・・ほんとうに見事に、コクーン流に表現しています・




言葉にならない思いの中で
確かに感じられたこと
私はあらゆる人の中で祝福されていた


もとめたものは何一つとして、この手に入らなかったけど・・・
心の願いに気づいたとき祝福されていた

言葉にならない思いの中で
確かに感じられたこと
私はあらゆる人の中で
祝福されていた



また、久々、この曲、味わえました。v-51

ありがとうございます。v-22
  1. 2007/07/27(金) 07:43:55 |
  2. URL |
  3. クロ #- |
  4. 編集

>クロさんへ
コクーンのCDの入手方法、教えていただきましてありがとうございます。
やっぱりamazonって便利ですね。
手に入らないような洋書とかはamazonで手に入れていましたが、CDの手に入るとは…
是非、買いたいと思います。
当初『タワーレコードに注文しようかな』と思っていたので本当に助かりました。
ちなみにわたしのHNですが、
碧海と書いて『おうみ』と読みます。さらに、コメントレスなどはほとんど碧海名義でしておりますが、正式なHMは 『碧海真瑚(おうみ・まこと読みます)』です。
今後ともよろしくお願いいたしますね。

ふみごんさん
この情報を伝えていただきまして本当にありがとうございました!
そして思わぬ素敵な出会いに感謝です。
きっかけを与えてくださり、ありがとうございます。

  1. 2007/07/26(木) 21:02:14 |
  2. URL |
  3. 碧海 #tFLCjtZM |
  4. 編集

クロちゃんへ

前世でのカルマを、今生ではたせるように・・・そんなシナリオをかいている。
この話、聞きますね。
クロちゃんは、そう思うことで肩の力が抜けたのですね。

久しぶりに声が聞けてよかったです。学校の方は、忙しいだろうから、きっとここへはなかなかこれないだろうな!?と思っていました。

碧海さんへのコメントも、ありがとうございました^^
  1. 2007/07/26(木) 07:07:32 |
  2. URL |
  3. クロちゃんへ←ふみごん #DpPCjZ4g |
  4. 編集

コクーンCD購入先について

碧海さんへ

とても素敵なお名前ですね。v-10
漢字だけで、このブログの背景のような海を想像しました。v-46

差し支えなければ、読み方を教えて下さい。

ご自身の大切な経験を含め、教えて下さりありがとうございます。

ほんのお礼ですが・・・・
コクーンのCDの購入先についての情報です。
レンタルのお店では、なかなか見つからないようです。
インターネットで買えるアマゾンで私は購入しました。v-51

「ありがとう」という言葉が歌詞のなかにたくさん出てきます。

参考になれば、幸いですv-16
  1. 2007/07/26(木) 04:56:45 |
  2. URL |
  3. クロ #- |
  4. 編集

人生はシナリオ通り

ふみごんさん、お久しぶりですv-222

いつもブログは見ていました。この頃、よくアップして下さい指すね。ありがとうございます。でも、無理、しないでくださいね。v-16

自分の人生のシナリオは、もうきまっている。

生まれるときに、もうすでに自分で書いてきている。

前世でのカルマを、今生ではたせるように・・・そんなシナリオをかいている。

私の師匠から教えていただきました。ちなみに、宗教ではありません。

そう考えると、息子が今の状態にあることも、わたしにとっては必要なことなのだと思います。

もう決まっているのだから・・・と思うと、肩の力がぬけました。

多分、私、前世でなにかしてきている。もしかしたら、息子のように、みなが行く場所に行かず・・・家で、自分の好きなことばかりしていたのかもしれません。v-205

そのカルマを果たすには、この状態を、笑顔で行け入れ、感謝することだそうです。v-63

ごめんなさい。つい、書いてしまいました。

前世とか・・・カルマとか・・・。
なんだい、それ・・・・!
と思った方・・・お許し下さい。

こんなことを考えている人もいる・・・それで、現状を受け入れようとしている人もいる・・・とお考え頂けると幸いです。v-91

ああ、書いちゃった・・・v-81

ありがとうございますv-22
  1. 2007/07/25(水) 05:45:33 |
  2. URL |
  3. クロ #- |
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のんきははさんへ

やっぱり相手の子のことまで想う気持ちが、この記事に通じるところがあると思うよ。

相手の子に対しても、自分の子のように”想っている”のんきははさんの気持ちは、きっとその子に通じると思います。
  1. 2007/07/24(火) 09:37:37 |
  2. URL |
  3. のんきははさんへ←ふみごん #DpPCjZ4g |
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管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2007/07/24(火) 08:23:46 |
  2. |
  3. # |
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ありがとうございます

何だか照れくさいです。v-398
息子の交友関係では被害者も加害者も紙一重。先輩も心の底から悪い奴とは思えなかった。彼の今までの交友関係が恵まれていなかったからだと察しがついた。腹は立ったけど、かわいそうな気持ちのほうが強かったから・・・

加害者の母でなくてよかったという安堵の想いもあったし、何だか上から目線のようで 鼻持ちならないかもv-402

"赦す" というよりは 私も間違いを犯す人間だから お互い道を踏み外さないよう気をつけて 一生懸命生きていこうよ。と呼びかけたかっただけなのかも・・・   てれッv-398
  1. 2007/07/24(火) 08:13:11 |
  2. URL |
  3. のんきはは #- |
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碧海さんへ

こんばんは^^
コメントありがとうございます!

生意気なんて思っていませんよ。いろんな考え方に触れるのも勉強になりますので・・・。それに、自分のことを特異だなんて思うことはないと思います。考え方は人それぞれ。それでいいと思っています。

なお、コクーンのことは、このページを覗いて見てください。(あまり私もわからないのです。ごめんなさいi-230
http://www.yy-cocoon.com/
この中のCDの紹介ページに全国の販売店情報とか、通信販売での購入方法など記載されています。一部試聴もできますよ。
  1. 2007/07/23(月) 21:51:30 |
  2. URL |
  3. 碧海さんへ←ふみごん #DpPCjZ4g |
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わたしの考え方はかなり極端(すべての人が幸せでない世界を幸せとはいってはいけないのではないかという思想)
なので、気にしないでください…というか、こういう考え方する人は特異だと思いますので、
『こういう思想の奴もいるんだ』程度にとどめておいてください。
さて本題ですが、
だれのための人生でどういう意味があったというよりは、たとえ4ヶ月の人生でも、90年の人生でも、その人生はその人だけのものだ、って思います。
ただ、たとえ短い人生であってももし最後の瞬間まで幸せであったなら…
たとえ子どもが事故に遭って亡くなるとしても、最後に見た姿が笑顔であったなら…
きっとその子は幸せだったのだと、望んで生まれてきたのだと、そう思えますし、
そういう風に思えれば少しは救われる気も致します。
自分は光の世界にも行けない闇の世界にも堕ちれない半端者ですが、半端者としての意味を求めながら生きていくよりは、
ここに生きている時間で一瞬でも長く笑っている時間を作れるように頑張らなければいけないのではないかと思っています。
いろいろと生意気申し上げましてすみませんでした。
追伸:
コクーンというバンドについて今までまったく存じ上げず世代的にも離れてありますが、少し興味を持ちました。
普通にタワーレコードとかで出ているのですか?もしそうでなければ、聴く機会があれば、聴いてみたいと思っています。
  1. 2007/07/23(月) 19:32:33 |
  2. URL |
  3. 碧海 #tFLCjtZM |
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管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2007/07/23(月) 13:23:15 |
  2. |
  3. # |
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イマジンさんへ

私は、こんな記事を書きながら、人生の目的は?とあまり深く考えたことがありません。

でも、イマジンさんとか他の人とかと知り合って、こういう文章になぜかひかれるものがありました。

人との出会いとか、こういう考え方に出会ったことも、私にとって何か意味があるのかも?と思っています。

前世で遣り残してきた課題を克服するために生まれてきたのに、また同じ過ちを繰り返す。同じ過ちを何度も何度も繰り返してしまう私です。いつになったら、成長できるのかな~i-182
  1. 2007/07/23(月) 10:08:12 |
  2. URL |
  3. イマジンさんへ←ふみごん #DpPCjZ4g |
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響さんへ

『赦し』とは、多分、魂を、縛っている何ものかから開放することなんでしょうね。
私もそう捉えました。その手段のひとつとして、こういう考え方もあるんだなと・・・。

響さんと私は北海道と長野で「ヤッホー」と声をかけあっているんですよね。インターネットがあって、声が届く時代でよかったですv-22

人生の階段を一緒に上っていきましょうe-266

  1. 2007/07/23(月) 10:02:01 |
  2. URL |
  3. 響さんへ←ふみごん #DpPCjZ4g |
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碧海さんへ

おはようございます。そして、はじめまして!
コメントありがとうございます^^

私自身大した苦労なんてしたことがないので、こういう記事を書くこと自体、資格がないっていうか、おこがましいのかもしれませんが、こういう考え方もあるんだ!と気づかされた思いだったので紹介しました。

私自身が書いた文章ではないので、私なりに読み取ったのは・・・

自分に起きた出来事によってもたらされた感情が、怒りや憎しみ、悲しみなど負の感情ばかりであった場合、自分自身がつらく苦しい状態から、なかなか抜け出せないと思うんですよね。その状態から抜け出すために、宿命だと割り切ってしまう、そう考えてしまうってことなのかな?と・・・。最初から実は自分が選んだ道だから、受け入れるしかないのだと・・・。

そう考えることで、自分は少し楽になるのかもしれません。

そして、本題の、たとえば4歳でなくなってしまった子がそういう運命をたどるためだけに生まれてきたのかという点ですが、確かにここに書かれた考えは、4歳の亡くなった子側に立った考えではなく、自分が楽になるための勝手な考えと言う捉え方もできてしまうかもしれませんね。

少し前に記事にさせていただいたのですが、コクーンという方たちが歌の活動をされています。
コクーンのゆうこさんは、自分のお子さんを4ヶ月半と言う若さで亡くされました。
でも、そのときの体験、思いは歌という形になり、今は多くの人に勇気を与え続けています。
悲しみが消えることなんてきっとないと思います。でも、こうして人に勇気を与え、人を励ますことで、自分自身も癒され、小さな4ヶ月半という命にも意味があったと考えることができると思います。
http://fumigon.blog56.fc2.com/blog-entry-337.html
コメントもぜひお読みください。

最初にも書きましたが、私自身はたいした苦労をしていません。実際に身の周りに起きたら、赦しがたきを赦すことなんてできないかもしれません。私なんて、こういうことを言える立場ではないのに、本当にすみません。
しかし、こういう考え方もあるんだな!と頭に入っていることで、もしかしたら実際遭遇した時に捉え方が変わってくるかもしれないという思いもあります。
  1. 2007/07/23(月) 09:17:39 |
  2. URL |
  3. 碧海さんへ←ふみごん #DpPCjZ4g |
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自分も良く考えることがあります・・・
自分がこの時代に生まれて来た訳を、
この記事を読んだことにも意味があるのでしょう。
本当は皆前世において遣り残した課題を
もう一度克服するためにカリュキュラムを立てて
生まれて来たのだと思います。
ですがいつしかその使命を忘れてしまい
また同じ過ちを繰り返してしまう・・・
もう一度、魂に立ち返り、生まれてきた目的を
考えてみなくてはいけませんね。
  1. 2007/07/22(日) 22:07:04 |
  2. URL |
  3. イマジン #- |
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  1. 2007/07/22(日) 21:41:44 |
  2. |
  3. # |
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こんばんは。

私もある時期、なにかの本で『赦し』についての記述を読み、
感慨深いものを受け止めたと同時に、
いかに自分がそこから遠のいた心意気であるのか唖然としたおぼえがあります。

『赦し』とは、多分、魂を、縛っている何ものかから開放することなんでしょうね。
どんな手段があるのでしょうね。
何かしらの思想であったり、自分で会得した何かであったり、
時間なのかもしれない、いわゆる神仏かもしれない、
どこから来るのやら。

でも、きっと登山家が頂上を目指すのと同じように、私達の心が目指すもののような気がします。
なぜと聴かれたら『そこに山があるから。』と同じように、
『たぶん、そのための人生。』みたいな。(^^)

軽いコメントで申し訳ないですが。
この人生という山登りで、ふみごんさんと私は
『ヤッホー』と声を掛け合っている気がして楽しめます。
  1. 2007/07/22(日) 21:32:38 |
  2. URL |
  3. 響 #WpbHSf/E |
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はじめまして。
まほさんより『素晴らしい記事があります』とのことで貴記事を紹介していただき、読ませていただきました。
ありがとうございます。
記事を読ませていただいて、大変素晴らしいことであるし、その輪が大きくなって欲しいと願っております。
ですが、わたしには、どうしても解せないことがあります。
この記事にありました『イーディーの法則』
詳しくは存じ上げないので、もしかしたらわたしが誤解して理解している部分もあるかもしれません。
ですが、この記事を読む限りは、
>「私の子どもは、4歳で死んで人生を完結するという設計図を持って生まれてきた」
つまり、その子は4歳で死ぬのが運命だってことになりますよね?
自分自身のことなら、いくらでも罰を受けることができます。
でも、たとえば、今、北朝鮮で政治犯として投獄されている人とか、イラクで地雷で足をなくした人たちにたいして、それをあてはめていいのでしょうか。
彼らはそういった運命をたどるためだけに生きてきたのでしょうか。
これが分からない限り、わたしは幸せになってはいけない気がするし、生きていては申し訳ないと思うのです。
ちなみにわたしはこども時代にいじめを受け、11歳で事件で死にかけ、レイプされたこともある人です。(もちろんすべて本当のことです)
鍵コメントでは誠意が伝わらないと思いますので、僭越ながらあえてコメント入れさせていただきました。
  1. 2007/07/22(日) 19:24:39 |
  2. URL |
  3. 碧海 #tFLCjtZM |
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  1. 2007/07/22(日) 18:00:17 |
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  3. # |
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  1. 2007/07/22(日) 16:01:26 |
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