不登校経験者の親、今考えること・・・

不登校・・周りの大人に何を伝えているのでしょう?数学のように答えがひとつしかない問題なら、答は出せますが、子育てはそういうわけにはいきません。一緒に考え、一緒に学びながら、悩めるお母さんが、ほっと一息つける場になれればと思います。

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こどもの心は飢えている

横林哲也氏の書かれた「こどもの心は飢えている」を読んだ。(暁斗くんが薦めてくださったもの)

横林氏は定時制高校や実業高校で生徒たちと格闘してきた教師であり、この本はご自身の実体験をもとに書かれたエッセイです。

横林氏の思いのままに立ち直った子、どうすることもできなかった子、努力むなしく学校を去っていく子・・・実体験がそのまま書かれているので(仮名で)、人間らしさ、真実味があり、どの話も迫ってくるものがありました。

どれも、皆さんに紹介したいものばかりですが、その中から、ひとつだけ紹介しますね。

ほな、行ってくるわ

「先生、こんな話、していいのでしょうか。でも、とっても嬉しかったんです。ほんとに奇跡だ、と今でも思うことがあるんです」
 生活指導で学校にきた橋爪孝一(仮名)の母親は、白い細面の眼鏡の奥から私を見つめながら話しだした。

〈母親の話 要約〉
 私の長男孝一がグレだしたのは小学校6年のときでした。
 学校の帰りに近所の小学校5年生数人が小学校3年の女の子をいじめているのに出会い、その女の子を助けようとして喧嘩になったとき、孝一の持っていた合奏用の笛の先が相手の目に当たったのです。
 一時は、失明するのではないかということで、夫と私は孝一を連れて早速先方に出向き、できる限りの補償を約し、精神誠意、謝罪を繰り返しました。
 しかし、孝一は、帰ってからも、
「僕が悪いんやない、あいつの方が悪いんや」を繰り返し、
「なに言っとんやっ、相手は右目がなくなるかもわからんのやぞっ。お前が悪いにきまっとるやないかっ」
 と、夫は孝一の顔が腫れあがるほど殴りつけ、私も一緒になって彼を責めました。
 そしてその後、郊外にかねてから購入予定していた新居に移るときも、あろうことか、孝一のあの事件のせいで引っ越さなきゃならないようなことを言って、孝一をさらに追い詰めてしまったのです。
 中学に入ってからの孝一はなぜか、空気の抜けた風船のようにうつろな顔をしてボヤーッと日を過ごすようになりました。そして学校では遅刻、中抜け、居眠り、校外では喫煙やゲーセンでの補導と、もう信じられないぐらい変わってしまいました。
 孝一は先生や私たちの話を全く聞かず、全く勉強らしい勉強もせず、問題児として中学校を終えました。
 そしてこの学校へきたのです。
 しかし、夜間学習はよかったのですが、昼のバイトでお金が入るようになって、孝一はまた変わりました。
 髪形も服装も派手になり、夜も明け方近くまで遊びまわるようになりました。
 そして夫や私が叱れば叱るほど、反抗するかのように行動はエスカレーとするばかりで、終いには夫の胸倉をつかんでののしるなど、「これが我が子か」と思うほど形相まで変わってきて、恐ろしいほどでした。
(もうとても私たちの手に負えない)
 そう思うところまで追い込まれていったのです。
 孝一は私たちとはほとんど口を利かず、まるで他人と生活しているような苦しい日々が続いていました。
 そして、カウンセラーに相談に行ったとき、そこではじめて、「あのとき、小さな女の子をかばった孝一の気持ちを、なぜわかってやらなかったのか」ということに気がついたのです。
しかし、もう私たちは完全に時期を逸していました。
 それどころか、最近の私たちは、目を合わすのも躊躇するぐらい孝一にかかわるのを恐れていたのです。
 ある日曜日のことでした。私は山陽電車に上る階段のホールで、偶然に孝一をみかけたのです。孝一は中央の公衆電話のところでボオーッと立っていました。
(なにをしているのだろう?)
 私は、百貨店の中から隠れるようにして孝一を見ることにしました。
 5分もたったでしょうか、ツーッと孝一が階段の方に足早に動いてきました。
「ええっ?どうしたのかな?」と目をやると、孝一は階段の下で杖をついて大きな買物袋を下げているお婆さんのところに行って何事か言うと、買物袋を右手に持ち、左手でお婆さんの肘を軽く支えて、なんと一緒に階段を上っていくではありませんか。
 そして、ときどき、のぞきこむようにしては話しかけている孝一の優しい笑顔。私は涙が、後から後から溢れて止まりませんでした。
 夫にその話をすると、夫は、
「ほおーっ、そうか、あの子がなあ・・・・・・いいとこあるんやなあ」
と、涙ぐみながらつぶやきました。私たちは泣きながら夜遅くまで話し合いました。
 そして、その夜から、「この子は私たちの子供なのだ」ということをもう一度信じることにしたのです。
 それから、なにか孝一との距離が少し近くなったような気がしました。
 半月ばかりたったある夜、夫が突然、全く突然に、テレビを見ている孝一に言いました。
「孝一、明日なあ、お父さんの会社で納涼祭があるんや。お前、きいへんか?屋台も出るし、漫才もあるぞ。よかったら父さんの工場ん中、案内してやってもいいぞっ」
 孝一は、ポカンと一瞬あっけに取られたような顔をして夫を見ていましたが、
「ええ?俺みたいなもん、行ったって・・・・・・やめとくわ」
と言いました。
「おう、どっちでもええで。きたかったらこいや」
 夫は孝一を見て、穏やかに笑いながら言いました。
 しかし、孝一はなにも言わず、黙って二階の自分の部屋に入ってしまいました。
 明くる朝、私は朝食の片づけをしていると、孝一が下りてきました。
「母さん、ほな、行ってくるわ」
「・・・・・・!」
 振り向くと、茶色の頭髪とはおよそ不釣合いな白いシャツに細いジーパンをはいた孝一が、まぶしそうな顔をして立っているではありませんか。
「あれだけ言われたら、しゃあないやろ、行ったらな」
 孝一は私の顔を見て、大人のように顔を歪めてチラッと笑いました。
「行ってらっしゃい」
 私は彼に背を向けて言いながら、涙がこぼれて仕方ありませんでした。

 話し終わった母親は、
「あれから私たち元に戻ったんです。先生、これって、ほんと奇跡ですよね」
と言って目頭を拭いた。
 孝一はその後も、相変わらずの大人ぶった言動で仲間からはやや浮いた存在ではあったが、成績も上位で学業を終えた。
 卒業式の日、出席していた両親の誇らしげな顔が今も忘れられない。



最後に、多くの子供たちと関わった経験から、横林氏が訴えていることを少し抜き出したいと思います。

私は、今の教育が、教育界を含めた社会の激しすぎる流れの中で、なにか大きな「忘れ物」をしてきたような気がして仕方がないのである。
 大きな「忘れ物」とはなんであろうか。
 言葉が適切ではないかもしれないが、それは子供の「心の飢え」を知ることであろうと、私は思っている。
 自分は誰からも必要とされていない、自分は誰からも愛されていない、という「心の飢え」である。
(略)
教育者としてけっして並外れた経験があるわけではないが、世に言うエリート集団ではない多くの子供たちと全力で、心でかかわってきたつもりだ。そして、その中で思ったことがある-----。
 私たち教師にとって、子供と「かかわり」を持とうとする姿勢がすべての基盤となるのは当然である。だが私たち以上に、子供たち自身が「心のかかわり」をもとめている-----そのことに気づかなければならない、ということだ。

 ああ、女、女、女、女がほしい
 ああ、金、金、金、金がほしい
 ああ、車、車、車、車がほしい
 ああ、俺、俺、俺、・・・・・俺って誰がほしい?
      (夜間定時制高校2年生の理科ノートの落書きより)

社会状況がどんなに変化しても、一人一人の置かれている立場がどんなに変わっていっても、真剣に自分と向き合ってくれる誰かを求める子供の思いは変わらない。

---------------------------------------------
子供は純真で無垢な種子である。どのような花を咲かせるのか、どんな実を実らせるのか、すべてが大人の育て方にゆだねられていることを知らなければならない。
そして、その権利はすべての子が持っており、善くなろうという願いをすべての子供が持っていることをしっかりと認識すべきである。
 本書を通して、新幹線に乗って目的地にまっしぐらに進む子も、各駅停車でゆっくり歩む子も、みんな一生懸命に生きようとしていることがおわかりいただけたであろうか。
 新幹線に「乗れた子」と「乗れなかった子」、ただそれだけで価値判断をする大人にだけはなって欲しくない、という私の願いが少しでもお伝えできたら、これほど嬉しいことはない。


ここまでたどり着き、長文に付き合ってくださった方、心から感謝申し上げます。
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  1. 2007/09/10(月) 23:50:42|
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  3. トラックバック:2|
  4. コメント:11

僕の一番欲しかったもの | ホーム | 自分に自信を持って!

コメント

言葉を漂泊する文法人 Lio Grammaticus さんへ

はじめまして^^コメントありがとうございますv-22

「やり直すのに遅すぎることはない」私もそう思います。
諦めなければ、きっと幸せなときがやってくると思います。

よろしかったら、また遊びに来てくださいね。よろしく御願い致しますe-466


  1. 2007/09/17(月) 01:00:12 |
  2. URL |
  3. 言葉を漂泊する文法人 Lio Grammaticus さんへ #DpPCjZ4g |
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初めまして

ふみごん様初めまして。お早うございます。

記事を読んで涙が出ました。
やり直すのに遅すぎる事はないのですね。
気付いた時が相応しい時期なのかも知れません。
  1. 2007/09/15(土) 09:07:46 |
  2. URL |
  3. 言葉を漂泊する文法人 Lio Grammaticus #YZ0P4Y7k |
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のんきははさんへ

信じることって大切だけど、確かに盲信はいけないかも・・・。
実際悪いことをしても、自分の子がそんなことするはずがないと言って、信じない親がいるという話も聞いたことがあります。

信じることは前提、でも、悪いことをしてしまった時は、それも受け入れられる親でいたいと思います。(過去に相手の家に本人と両親で謝りに行った経験ありv-409

干渉しすぎはいけないと思うけど、愛の伝えすぎはないと思うよ。私はね!
束縛は確かにわずらわしく感じることもあるかもしれないけど。(何だか恋人との関係v-363v-361
のんきははさんのところは、愛が伝わってやさしい子に育っているのが、見えてるよ!私にはね。千里眼なのですv-398
  1. 2007/09/13(木) 23:18:47 |
  2. URL |
  3. のんきははさんへ #DpPCjZ4g |
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yuuyuuさんへ

心の飢えを知る・・・横林先生が、多くの子供たちと関わってきたからこそ、出てきた言葉だと思います。

大人は子供に愛をいっぱい伝えて、あたたかな心を持った子供に成長できるよう、伝授していきたいですね^^
  1. 2007/09/13(木) 23:02:13 |
  2. URL |
  3. yuuyuuさんへ #DpPCjZ4g |
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響さんへ

すさんで見える人たちも みんなそうなのかもしれませんね。私は、そう思っています。きっと、そうならざるおえなかった何かがあったのだと。

この記事に書いた子のことで言えば、けがをさせてしまったことはいけないこと、もし、それに対して心からの反省がないのだとしたら、わかるまで諭すべき。でも、その前にあった、いじめられている子を守ろうとしてやった行動を、せめて親だけは認めてあげてほしかったな、本人だけにそっと褒めてあげて欲しかったと、私は思います。(いざ、その立場になったらそんなこと言ってられないのかもしれませんが・・・)

心のかかわり・・・大人だって求めている。そうですよね。私だってそうです。
何があっても絶対見捨てない、そうありたいと思います。
  1. 2007/09/13(木) 22:53:59 |
  2. URL |
  3. 響さんへ #DpPCjZ4g |
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イマジンさんへ

親が子供を信じて上げれたら、
その芽はかならづ芽吹くと信じています。


そうですね。子供を信じるって大切ですね。
そして、愛は必ず通じると思います。

この本にはいろんな子のことが載っていますが、一貫して言えることは、こどもは大人の愛に飢えているということ、そして、子供はいつも「けなげ」ということが痛いほど伝わってきました。
それに答えられる大人でありたい、大人になりたいと思いました。
  1. 2007/09/13(木) 22:40:22 |
  2. URL |
  3. イマジンさんへ #DpPCjZ4g |
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管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  1. 2007/09/13(木) 21:12:38 |
  2. |
  3. # |
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わたしは 息子を信じています。
だけど それを 過保護、過干渉だと評価されたことが 足枷になりました。
ひょっとしたら、私は間違っているのかも。
その不安が小さな棘のように 心の奥底でチクチクしています。
 信じたい。  盲信するな。
相反する思いが 綱引き状態です。

だけど 結局   『信じたい!』 の勝利におわるのですが・・・v-402

飢えを感じる暇がなくなるくらい たくさん愛していると伝えたい。
でも 伝えすぎたから いけなかったのかも。
あ~ 揺れるおんな心v-238

ふみごんさん コメントありがとうございましたv-398
  1. 2007/09/12(水) 21:52:40 |
  2. URL |
  3. のんきはは #- |
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うんうん そうかもしれない。
いつも参考になる意見をありがとうです

こころの飢えを知ること  か
・。・)φ しと来ます
  1. 2007/09/11(火) 16:38:34 |
  2. URL |
  3. yuuyuu #- |
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こんにちは。

孝一くんとご両親。
長い冬の期間があってようやく春に・・という感じですね。
身につまされます。
こんな風に見た目が自分の子が加害者な感じのときに、
どれだけ、子供の言い分に耳を傾けられるか・・ですよね。
自分も 親としての社会的な責任のほうで追い込まれるだろうし、
難しいのかもしれないですね。
家族同士で傷つけあってしまうでしょうね。

ひとごとではないです。自分がこの立場だとして考えたら、
同じような道をたどりそうだな。
孝一君の心の中心部は すさんでいなかったのはよかった。
すさんで見える人たちも みんなそうなのかもしれませんね。

「心のかかわり」をもとめている
コレは本当にそうでしょうね。大人だってそうなんですから。
自分をそのまま認めてくれて、愛してくれて。
「心のかかわり」っていうのは、愛のことでしょうから。

親子の関係の原点ですネ。ここがキチっとキメなければ。(私もですが。)
  1. 2007/09/11(火) 13:29:31 |
  2. URL |
  3. 響 #WpbHSf/E |
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なるほどです・・・
親も子供も日々せいちょうしていくまのです。
ときにはしかに掛かったり、高熱を出して
周りの皆はあわてふためく、しかし確実に抗体が
生まれ大きく成長していっていることなんでしょう。
決め付けや偏見で人を判断したり、良い悪いを
出してしまいがちだけど、確実に愛の芽は育って
います・・・親が子供を信じて上げれたら、
その芽はかならづ芽吹くと信じています。
この記事を読んで、改めて確信しましたよ、
ありがとうございます。
  1. 2007/09/11(火) 11:18:19 |
  2. URL |
  3. イマジン #- |
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  1. 2007/10/01(月) 07:13:41 |
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